専門家を軽視し、不安を利用する日本の政治…新型コロナが示したこと

「不安の政治化」とは何か
日比 嘉高 プロフィール

現場の学校や自治体、教育委員会は大きく混乱し、突如として平日の昼間に子供の面倒を見なければならなくなった親たちはうろたえ、影響は給食業者へ、学童保育業者へ、親たちの勤める企業へ、就業期間を失う非常勤職員たちへと玉突き的に広がっている。そして、その代償に得られるはずの感染の抑え込み効果は、不明確なのである。

専門知軽視の風潮

アメリカでも日本でも、専門家の知見への軽視は大きな議論の的になっている。『専門知は、もういらないのか──無知礼賛と民主主義』の著者で国家安全保障問題の専門家であるトム・ニコルズは危機感を隠さない。

専門的な知識に敬意が払われなくなり、専門家と政治家、そして市民の間の信頼が崩壊したとき、民主主義や共和制に死が訪れ、衆愚政治が始まる、とニコルズは警告する。ステレオタイプの弊害、反ワクチン思想、歴史修正主義など次々と例証を挙げていくニコルズの指摘は、日本の状況にもよく当てはまる。

ただ、今回の新型コロナウイルスへの対処から見えてくるのは、現政府の専門家に耳を貸さない姿勢が、単に専門家軽視の問題には止まらないということである。

 

専門家の知見が市民の不安を必ずしも鎮めないことは、新型コロナウイルスの検査方法をめぐる議論がまさにあきらかにしている。異見もあるようだが、軽症である罹患疑いの人まですべて検査するのは不要もしくは弊害が大きい、というのが疫学の専門家の見解のようである。