ダーウィン Photo by iStock

誰もが知っているダーウィンの名言は、進化論の誤解から生じた!

変化に対応した生物が生き残るのではない

「この世に生き残る生物は、激しい変化にいち早く対応できたもの」

多くの人がダーウィンが残した名言として信じているこの言説は、実は、ダーウィンの言葉ではなく、彼が唱えた「進化論」に照らしてみても誤ったものだった。
ビジネスや政治の世界で好んで使われるフレーズのルーツをたどってみると、意外な事実がわかってきた。

進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語
の著者、東北大学大学院生命科学研究科千葉聡教授が、誤解と偏見を重ねながら面妖に「進化してきた」アナロジーに潜む謎と病理を解き明かす。

あの名言は、ダーウィンの言葉ではなかった

“進化論を唱えたダーウィンは、「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」という考えを示したと言われています”

 

──これは19年前、とある首相が行った国会演説の一節である。いわゆる構造改革──改革なくして成長なしを印象づける文脈で用いられた。

今でもこの鉤括弧内のフレーズは、ダーウィンが残した言葉として、改革好きの経営者や政治家、学者、メディア等に好んで引用されている。

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だが進化生物学的には、不可解な言葉である。

第一に、そもそも安定な環境に棲む生物に当てはまらない。第二に、変化に対応できる生物、の意味が不明である。もし環境変化に強い、の意味なら、そうした個体が占める集団は、たいてい辺境の変動の多い環境に棲み、やがて安定で好適な環境に移動するとともに、体が大きくて強いなど、高い競争力をもつ個体に置き換えられていくことが多い。

一方、変化する環境に速やかに適応できる集団が生き残る──絶滅しにくい、という意味ならその確かな証拠はないし、むしろ古生物学者は、絶滅の有無は運で決まると主張してきた。何よりダーウィンの進化の考えとは異なる話だ。

じつはこれはダーウィンの言葉ではない。彼の考えでさえないのだ。科学史家の調査によれば、これは元々1960年代に米国の経営学者レオン・メギンソンがダーウィンの考えを独自に解釈して論文中に記した言葉であった。それを他者が引用を重ねるうち少しずつ変化して、最後にダーウィンの言葉として誤って伝えられるに至ったものである。

なおメギンソンは19世紀ロシアの生物学者カール・ケスラーの進化説に強い関心をもち、この言葉もむしろケスラーの考えを反映している。ケスラーは競争よりも相互扶助が進化に重要だと主張し、革命家ピョートル・クロポトキンに思想的影響を与えて無政府共産主義に導いた人物である。

ピョートル・クロポトキン Photo by Wikipedia

そんな背景のもとに記された言葉が、ダーウィン自身の言葉へと“進化的変化”を遂げ、競争を生き抜くためのビジネス界の呪文となったのは皮肉な話である。

あの名言は、都合よく解釈されている

さてこの言葉、進化生物学的な興味はもう一つ別にある。環境の変化に対応できる生物──とくに、常に変化する環境に速やかに適応できる生物の性質があるとすれば、それはどのようなものかという点だ。