「こんなこと、できるわけない!」

それから2週間後、分厚いテキストを抱えて、向かった先は町の地区会館。ロの字にテーブルが並べられた会議室に入り、名札に名前を書いて席に座ると勉強会がはじまりました。最初に、ステップファミリーについて学ぶ意義を確認し、その日に学ぶテキストを全員で読み上げます。

Photo by iStock

その内容というのが、継親の心得ともいうべきもので、「子どもに誠意をもって接しましょう」とか、「忍耐強くなりましょう」といったものが延々と続くのです。私は読みながら、だんだんテキストを放り投げたくなってきました。

こんなこと、できるわけないだろう!
私はもう十分頑張ってるのに!
それでも解決できなくて、絶望の淵を歩いてここに来ているというのに!
なぜこんな“正しいこと”をぶつけられなければいけないのか!

猛烈な怒りとともに、溢れる涙を抑えるのに必死です。「小野さん。テキストを読んでみてどうでしたか?」と声をかけられたところで、こらえていた涙がボタボタとこぼれました。

わかってますよこんなこと。
でも、うまくできないんですぅうう。

そして声が裏返るのも止められず、私は初対面の人たちに食ってかかっていました。抱えきれない痛みをどうにかしたくてたどり着いたのに、まるで傷口に塩を塗られたようなものです。いきなり泣き、怒りだす私に、参加者はさぞドン引きだろう……と思ったのですが、反応はまったく違っていました。

誰もが、「分かる」という深い共感の表情を浮かべ、それどころか拍手しそうな勢いだったのです。そう、これこそが“SAJはじめましてさん、あるある”だったのです!

私が泣きながら「娘の“母”になりたかった」と本音を話した時でした。それまでウンウンとうなずいていた代表の女性が、ふと真顔になり「小野さん。SAJでは『継親は親にならなくていい』というのが基本的な考え方なんです」と言うのです。

「えっ!」。涙が引っ込みました。
「なんですって? 親にならない?」。

“再婚した後妻”は、継子に「今日から私が、あなたのママよ」と宣言し、「新しいお母さん」と呼ばれ、母として振る舞うもの。そしてパートナーの連れ子を、実子と分け隔てなく愛さなくてはいけない……と思い込んでいました。しかし、代表の女性はフルフルと首を振り、

そんなの、無理じゃありませんか?
いきなり親になろうとすることは、むしろしてはいけないことなんです。
そうではなく、まずは継子のよき友人になれればいいんです。

娘の友人? その時まで、1ミリも考えたことがありませんでした。私は家族になろうと急ぎすぎていたのです。

「ステップファミリーというのは、どんなに短くても4年から8年は、難しい時間を過ごすものだと言われているんです。それはアメリカの研究ではっきり示されているデータなんです。小野さんは、継母さんになって3年ですか? 今が苦しいのは、当たり前のことなんですよ」。

私は言葉を失っていました。目から鱗が落ちるという言葉がありますが、その日は鱗どころか、目から丸ごと一匹魚が飛び出してきそうな勢いでした。

混乱と興奮を抱えたまま、帰り道に本屋に駆け込み、勧められたステップファミリーの本を数冊買い、電車でページをめくりました。新たな扉が開かれ、長い間どす黒い雲に重く覆われていた心に、一筋の光が差しこんだのです。

もちろん、その日から娘といきなり仲良くなれたわけではまったくありません。無理に仲良くしなくてもいい。それは「娘の気持ちを尊重して、急かさないでいる」という大人の対応なのです! 私に余裕が生まれました。たとえ表面上は何も変わらないにしても、私にとっては大きな、大きな変化でした。

小野春さん「レインボーファミリー」ほかの記事はこちら

『母ふたりで“かぞく”はじめました。』(講談社/2020年3月27日発売)
バイセクシャルの小野春さんと、パートナーの麻ちゃん。それぞれの連れ子3人を育てはじめてぶち当たった困難。娘からの猛烈な反発と自己嫌悪、敬虔なカトリック信者である母親へのカミングアウトという壁……。さらに、自分と同じく子育てするLGBTとその周辺をゆるやかにつなぐ団体「にじいろかぞく」を設立し、「結婚の自由をすべての人に」訴訟の原告のひとりになるまで。その約20年間にわたる、めったにない“かぞく”の顛末を書きつくします。
※本書では、この抜粋記事部分について、より詳しい状況説明や心情がつづられています。