男女の再婚コミュニティへ

“LGBTであること”にとらわれすぎて、私はそのことにまったく気づいていませんでした。同性パートナーとの子育てがツラいわけじゃない。ツラいのは、連れ子である娘との関係性が築けないこと。そこで私は覚悟を決めて、男女の子連れ再婚コミュニティの扉を叩くことにしました。

コミュニティは非公開グループだったので、とにかく飛び込んでみないことにはわかりません。最初に自己紹介を送り、管理人さんに承認してもらうシステムだったので、長いカミングアウトのメールを書くことになりました。「私は以前に男性と結婚していたけれど離婚して、今は同性のパートナーと、お互いの連れ子を育てていて、連れ子との関係で悩んでいて……」。

そうして、あるコミュニティから返事が届きました。コミュニティの説明には「継母として、泥沼で苦しんでいる人たちのコミュニティです」とあり、なかなかにおどろおどろしい雰囲気。届いた管理人さんの返事には「同性愛の人は初めてだけど、主旨に賛同してくれるなら喜んで」とありました。

Photo by iStock

継母コミュニティに一歩足を踏み入れると、そこには継母たちの苦しみが、赤裸々に綴られていました。想像よりもはるかに壮絶な内容ばかりです。継子への憎しみ、諦め、絶望。ある人は亡くなった前妻を越えられないことに苦しみ、ある人は夫の連れ子と、自らが生んだ子どもとの差についてもがいていました。その悪口雑言を読みながら、私は泣いていました。でもここの継母たちは、こんな風に悪口雑言を書きながら、3つのルールをしっかりと守っていたのです。

どんなにここで悪口を言っていても、現実には、やることはしっかりやる。
愛せなくても、ちゃんと義務は果たす。
そして、虐待は絶対にしない。

それは管理人である女性が定めたルールでした。厳しくストイックな、継母のルール。参加者の誰もが、そこでだけは人に言えずに抱えていた気持ちを正直に吐露し合い、否定することなくみんなで聞き合う。これがどれほどありがたかったか。パートナーが同性だということも、継母の葛藤の前ではたいした問題ではありませんでした。「この場でなら話して大丈夫だ」という確信を持って、ずっと言葉にできずに胸に抱えていた黒い気持ちを吐き出しはじめました。

ドクドクと言葉を吐き出していくと、私のどす黒い心の真ん中に巣食う大きな塊の正体が見えてきました。それは“自分ほど醜悪でみっともない人間はいない”という自己嫌悪。その自己嫌悪は、こっぱみじんに吹き飛ばされた“親としての自信”の代わりに居座っていました。