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3万年前に最初の「日本人」が乗り越えた大きな壁

丸木舟で最強クラスの海流を超える
あなたは、日本史の授業で「氷期の頃の日本とアジア大陸は陸続きだったので、最初の日本人はナウマンゾウを追って陸路を歩いて日本にやってきた」と教わりませんでしたか?

じつは、最近の研究でこの説が「誤り」だということがわかったのです。では、太古の日本人はどうやって来たのか。彼らが小舟を漕ぎ、命がけで荒波を越えた姿を再現しようとする冒険が、昨夏におこなわれました──。

見えない島を目指した祖先たち

最新の研究によって、日本史のはじまりは3万年以上前にさかのぼること、そしてそれは壮大なドラマだったことが、わかってきました。最初の日本列島人は、その頃、困難な海を越えてこの土地へやってきたのです。

祖先たちはなぜ、どのような挑戦をしたのか──実態を探るため、国立科学博物館は、2019年夏に、推定される古代の舟で実験航海をおこないました。

実験航海の様子

私たちが実験の舞台に選んだのは、琉球列島の海。沖縄島を中心に広がるこの列島のほぼ全域に、今から3万5000~3万年前に突然人が現れ、遺跡を残しました。

島へ渡ってきたのは、ホモ・サピエンス。つまり“私たち”です。それは、縄文時代より前の、「後期旧石器時代」と呼ばれる時代の出来事でした。

しかし不思議です。琉球の海は、今も昔も「超」をつけるべき難関。ここには、秒速1~2メートルで流れる、世界最強クラスの海流である黒潮が入り込んでいます。

そして100~200キロメートルを越える2つの海峡(台湾~与那国島と宮古島~沖縄島)では、相手の島が水平線の向こうにあるため、目標が見えない航海に挑まざるを得ません。それでも祖先たちは、こうした海に乗り出し、越え、これらの島々に暮らすようになりました。

では、3万年前の海は渡るのが簡単だったのでしょうか? 古海洋学などの証拠は、決してそうではなかったことを示しています。琉球列島の海は昔も今とほぼ同等に広く、黒潮も間違いなく存在していました。

「古代史の常識」に潜む1つの誤解

こう聞いて、違和感を覚える方がおられるかもしれません。「当時の人は、その時存在した陸の橋を歩いて、大陸から渡ってきたのではないか」と。

確かに一昔前はそう信じられていたのですが、地質学、古海洋学、人類学、考古学などの研究が大きく進んだ今では、この説は誤りであったことがわかっています。

 

「旧石器人が海を渡ったとしても、それは漂流によるものだったのでは」と疑ってみることも、必要でしょう。私たちはいくつかの検討をおこない、漂流物のデータなどを調べた結果、その可能性はとても低いということを突き止めました。

漂流ではなかった Illust by Getty Images

つまり、最初の日本列島人は、意図して島を目指した「航海者」だったと考えられるのです。

これは、私たちが今まで想像していた祖先像と、どうも違います。3万年以上前に、ホモ・サピエンスの男女の集団による壮大な海への挑戦があり、そこから日本列島の人類史がはじまったようなのです。

アジアにおける人類史を研究していた私は、このはじまりの歴史に、とても興味を覚えると同時に、この知られざる過去を徹底的に調べたいと思うようになりました。

ご先祖の舟って、どんな舟?

そこからスタートしたのが、日本の国立科学博物館と台湾の国立台湾史前文化博物館が共同で実施した「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」。