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戦後フランス政界に学ぶ

正月休みに読もうと昨年末に購入したアニエス・ポワリエの『パリ左岸―1940‐50年』(白水社)はその余りの厚さに尻込みし、積んで置く状態だった。しかし新型肺炎拡大でこの1週間、夜の会食が激減したため、やっと読了した。

タイトルからも想像できるように、第2次世界大戦後のパリ、それもセーヌ川左岸のサンジェルマン=デ=プレに蝟集した詩人、作家、画家、彫刻家、思想家、歌手、俳優、ジャーナリスト、写真家などを熱狂させて一世を風靡した「実存主義」の先駆者であるジャン=ポール・サルトル、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの2人を中心に、当時パリに暮らした米国人を含む芸術家のエキサイティングな「日常生活」を精緻に描いたものだ。

ジャン=ポール・サルトル(1905年~1980年)photo by gettyimages
 

筆者がここで言及するのは、戦後フランスの政治と芸術の関係、とりわけ、戦時中の反ナチスのレジスタンス活動の中核を担い、戦後フランス政界の第1党に躍進した仏共産党とサルトルに代表される進歩派文化人との関係である。

具体的には、『嘔吐』『存在と無』のサルトルと『第二の性』のボーヴォワールが創刊した雑誌「レ・タン・モデルヌ(現代)」に関わり、2人の強い影響を受けた『ペスト』のアルベール・カミュは反共産党・反ドゴール主義を強く主張し、他方、シュルレアリズムで名を馳せた詩人ルイ・アラゴンは共産党に従順な芸術家の養成に傾注したことだ(筆者の世代にとって懐かしい?作家・倉橋由美子流に言えば「パルタイ=党」)。

その後、サルトルとボーヴォワールは「革命民主連合(RDR)」を立ち上げるなど政治色を強めて行った。その頃のサルトルとボーヴォワールの周辺には、共産党シンパの現象学者モーリス・メルロ=ポンティと党員画家のピカソ、反共産党の英国人作家のアーサー・ケストラーとダダイズムで知られる詩人アンドレ・ブルトン、そして旗幟を鮮明にしなかった『ブラックボーイ』の米国人作家リチャード・ライト(小説に「ブッラクパワー」という言葉を初めて使った黒人文学のフロンティアであり、筆者が好きな『ジョヴァンニの部屋』の黒人作家ジェイムズ・ボールドウィンの師匠)などが綺羅星の如く集まり、まさに梁山泊の趣であった。

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