平和ボケの日本はそろそろ「中国有事」に備えたほうがいい

習近平の来日は延期されたものの…
大原 浩 プロフィール

媚中派は恩をあだで返されてきた

1972年の日中国交正常化によって鎖国状態(自ら鎖国をしていたというよりも、世界中の先進国から相手にされていなかった)の中国が世界に開かれなければ、いくら最高権力者の鄧小平氏が優秀でも1978年からの「改革・開放」を成功させることができなかったであろう。

したがって、共産主義中国の繁栄はなかったはずだ。逆に言えば、日本という窓口がなければ改革・開放そのものが実行できず、中国はとっくに滅亡していたということだ。

また、改革・開放の初期には日本政府や日本企業が全面的に支援したという事実も忘れてはならない。

さらに1989年の天安門事件の後、欧米からの非難が高まり、国際的に孤立した際、1992年に天皇陛下が訪中されたことにより、国際承認を得た形になり矛先をかわすことができた。

しかし、これほどの「大恩」があるにもかかわらず、江沢民政権は94年に「愛国主義教育実施要綱」を定め、95年の終戦50周年を機に「あることないこと」をネタにした反日運動で返した。

さらには、2011年。日本中の国民が苦しんだ東日本大震災、および福島原発事故直後には、「侵略のチャンス到来」とばかりに、ハイエナのように、ひっきりなしに領空(海)侵犯を激化させた。

さらに現在、武漢肺炎対策に対して、数々の支援を行っている日本への領空(海)侵犯を激化させている。

感染症の広がりは自然災害とも言えるが、隠蔽工作によって蔓延したことは「人災」ともいえる。「火元」の国のこのような行為に対して、体が震えるような怒りを感じる日本人は多いであろう。

日本人の優しさ、思いやりは世界中から称賛されるが、「恩をあだで返す国」にいつまでも「寄り添って」いるのでは、単なるお人よしではないだろうか?

 

共産党独裁によって苦しんでいる中国人民に手を差し伸べたい心優しい日本人は多いと思う。その中国人民のために、「都市封鎖」をして自分自身は武漢へ行くことさえしない習近平氏の独裁を取り除くことこそが、「日本人が中国人民に手を差し伸べる」ということなのだ。