平和ボケの日本はそろそろ「中国有事」に備えたほうがいい

習近平の来日は延期されたものの…
大原 浩 プロフィール

媚中派が米国を激怒させた

聖徳太子が、「日出ずる国(日本)から日沈む国(隋)に……」という書簡を送った(とされる)ことはあまりにも有名だが、悲しいことに、太平洋戦争で負けた後の日本は、共産主義中国にぺこぺこする媚中派が大勢であった

まず、1972年の日中国交回復(正常化)を行った田中角栄首相(当時)である。学歴があまり高くない田中氏は、豊臣秀吉以来の「平民宰相」ともてはやされた。確かに全般的に見れば日本を発展させた有能な政治家であったと思う。

もともと、共産主義中国との国交正常化は、1971年のキッシンジャー氏、1972年のニクソン大統領の訪問で、米国との間が先行していた。ところが、71年のニクソン氏の訪中発表に焦って追いかけようとしたと思われる田中角栄氏が、米国を追い越す形となった。

米国の正式な国交回復は、カーター氏と鄧小平氏の間で79年にようやく行われたのだが、その前年の78年に日中平和条約が結ばれている。それまでの経済を中心とした緊密な関係も含めて金脈問題で首相退陣後も自民党の最高実力者だった田中氏は媚中的行動をとりすぎた。

朝鮮戦争で北朝鮮を支援する人民解放軍と戦い、日本海を隔てた日本を守った米国が、カチンときたことは想像に難くない。同氏を刑事被告人としたロッキード事件が米国CIAの陰謀だと噂される理由である。

重要なのは、西側推計で8000万人もの中国人民に虐殺・人為的飢饉により死をもたらした毛沢東党主席が1976年に死去したことである。

アドルフ・ヒットラーよりも凶悪だともされる共産主義者と手を結ぶことには、大いに抵抗があったから、その後を継いだ鄧小平氏が「毛沢東よりもはるかにましだ」ということを3年ほどかけて確認してから、米中国交正常化を正式に行ったというのが真相であろう。

そして、今再び「毛沢東時代への回帰」を鮮明に表明する習近平国家主席が共産主義中国の権力を握っている。

 

米国下院でウイグル、香港、チベットと次々に人権法案が可決しているのは決して偶然ではない。米国の核心的利益といえる「自由と民主主義」の観点から言えば、毛沢東政権の独裁国家は容認できない存在であり、毛沢東時代へ回帰している習近平氏も同様だ。

現在の米国は、習近平政権の中国に対して、冷戦時代のソ連邦や、第2次世界大戦におけるナチス・ドイツに準じる扱いをしているといって過言ではないであろう。