ジャーナリストの島沢優子さんは、長く教育の現場を取材してきた。自分たちが「された教育」だけではなく、正しい知識をもつことが重要だと感じるようになる。「子どもが本当に伸びる子育て」とは何か。

新型コロナウイルスの影響で、2月下旬からすべての小中高が休校になる騒ぎとなっている。「3・11」を学校ではなく自宅で迎える子どもたちが多くなるが、自宅にいても、学校にいたとしても、いざ災害となれば大人と子どもが離れ離れになってしまうこともあるだろう。自分の命を自分で守れるようにするには、どうしたらいいのか。島沢さんが出会った素晴らしい教師たちの「実践」とは。

9年前の悲しい惨劇

2011年に起きた東日本大震災から、この3月11日で9年経つ。
1万8000人を超える死者・行方不明者を出し、自然災害としては戦後最大となる。この被災地へ私が初めて足を運んだのは2015年10月のことだ。

場所は、宮城県石巻市。シャッターが下りている店が続く市街地を抜け、車を30分ほど走らせると大きな川が見えた。土手から少し離れたところに、大川小学校はあった。校庭にいた児童73人、教職員10人が津波の犠牲になった。

この写真は2011年3月16日の石巻市。5日経ってもなお、街中がこのような状況だった Photo by Getty Images

地震発生後、子どもたちは校庭におよそ50分間もとどまっていた。唯一命を取り留めた教員は心の病で証言台に立てず、詳しい経緯はわからないまま裁判は終わった。とはいえ、震災前から大川小には「危機管理マニュアル」があった。そこには校庭の次の避難場所として「近くの公園や空き地」と書かれていたが、その公園や空き地をどこにするのかを大人たちは何も決めてはいなかった。

50分間。子どもたちはどんな気持ちでいたのだろう。想像しただけで胸が詰まった。
瓦礫と化した校舎の前に立った時、体が震えたのを憶えている。敷地の隅に建立された慰霊碑に頭をたれながら、私はその前年に娘の中学校の女性教師が生徒たちに告げた言葉を思い出していた。

大船渡市にある震災直後の避難所にて Photo by Getty Images