あなたにとっての
「かけがえのないモノ」は?

パリの旧友たちに会うたびに、私はこう質問を投げかけてみた。離れ小島に貴方の大切なモノを一つ持っていくとしたらと。

オペラ座の近くでオフィスを持っている弁護士のムッシュ・ブルトニエはいった。
私にとってかけがえのないモノは、両親と、妻と子供たちの写真です。私がこうして仕事に熱中できるのも、家族がいてくれるからです」

弁護士事務所はどこもそうなのだが、大きな机を挟んで弁護士とお客さんは対面で座る。革の下敷きが真ん中に置かれ、資料用のファイルが整然と積み上げてある彼の机。その一角の電話のわきに、銀縁の写真立てのなかで、彼の妻と男女の子供たちが微笑んでいる。パリの法曹界でやり手として名を馳せるムッシュ・ブルトニエは、この写真を眺めながらむずかしい仕事に取り組んでいるというわけだ。

テレビや映画には出演しないけれども、小劇場では知られている女優のコレットもまた、彼女にとって一番大切なモノは、恋人と子供たちの写真だといった。

アパートの階段でよくすれちがうガスチャンという高校生の男の子は、即座にレコードだといった。おじいさんから譲りうけた、LP版のジャズのレコード。LP版のレコードという言葉が死語になりつつある現在、CDではなくあえて大判のレコードが、彼の宝物だそうだ。

旅行代理店に勤務するハンサムなエリックは、紙とペンだといった。どこへいくにも、それだけは欠かせないと。旅の記憶を記録し、または手紙にたくして気持ちをだれかに伝える。そのためにも紙とペンを忘れるわけにはいかないそうだ。

携帯では電源が切れたら使えないけれど、ペンと紙さえあれば記録ができる Photo by iStock

南仏ラングドックのワイン生産者のムッシュ・クロにも聞いた。
モノだったら妻の写真だね。本当は妻がボクの一番大切な人だけど、人ではなくてモノだというのなら、彼女の写真にしておくか」

この他にも、なん人かにたずねてみたけれども、冗談にもお金といった人は、ただの一人もいなかった

ところで私にとって、一番大切なモノはなんだろうか。なん人ものフランス人に聞いたのだから、次は私が自問自答する番だ。

消去法でいくと、お金であるはずは絶対にない。世の中にたくさんいる、淋しいお金持ちなんかになりたくない。楽しいお金持ちならいいようなものだが、どう転んでも私には無縁だ。フランスの友人たちのまねをして、せめて今晩は家族の写真の整理でもしてみようという気になった。

アナログな写真と、デジタルの写真、整理しきれない人も多いのではないだろうか。家からあまり出られない感染予防の時間を、時間がなくてやりたくてもできないでいたことを子どもと一緒にする時間、そう考えのもひとつのアイデアだろう Photo by iStock
お金がなくても平気なフランス人、お金がなくても不安な日本人』日本が大好きだから、そしてフランスも大好きだから、そのいい所を思う存分真似したら、もっと幸せになるんじゃない? 底抜けに明るく優しく、かつ鋭い視点をもつ吉村葉子さんが20年間のフランス生活を振り返ってまとめたエッセイ集。考え方ひとつで不幸だと思っていたことも幸せになるし、人生は楽しくなる! その中から厳選したエッセイを特別に今後も限定公開予定。お楽しみに!