マダム・ノウの宝物

私と娘は、マダム・ノウに呼ばれて、よく彼女のアパートを訪れた。ナポレオン三世調で統一された、ゴージャスな部屋だった。金箔で飾られている大きな鏡、天井から下がったシャンデリア、分厚いビロードのカーテン。テーブルも椅子も、ドレッシーなマダムにふさわしい豪華さだった。そしてきらびやかな調度に囲まれた大理石のテーブルの上で、なににもましてマダムの宝物が、いぶし銀の光沢を放っているのだった。

マダムの曾祖父母からはじまる、セピア色した無数の家族の写真バカンス先から3人の子供たちがパリに残っていたママに送ってきた手紙の数々手紙が入っていた消印のある封筒まで大切にファイリングされた、赤い表紙の重いアルバム。若く美しいマダムが、ハンサムだった今は亡き夫と肩を組んで写真の中で微笑んでいた。戦地の夫からの手紙もあった。マダム・ノウのお母さんが彫ったというオブジェも飾られていた。子供たちが海岸で拾った小石の裏には、1953年・夏・カンヌにて、と記されてあった。頑丈な木箱の中には、子供たちが小学校に入ってはじめて使ったノートまで、きれいに保管されていた。

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この宝物が、私の生きていくささえですよ。曾おばあさんのエレオノーレ、曾おじいさんのアランの写真を撮ったのは、映画をはじめて作ったリュミエール兄弟のスタジオだったそうよ。母が病弱だったから、私はおばあさんのサンドラにかわいがられました。夫のアンリにも、愛してもらいましたよ。子供たちも優しい、みんないい子たちですよ」

マダム・ノウに聞くまでもなく、彼女が世の中で一番大切にしているモノは、赤いアルバムと木箱にちがいない。アパート中の住人に嫌われていようと、これさえあればマダムの心の平安が保たれるのだった。