新幹線の中で痴漢をつかまえたことがある。

20年近く前のことだ。名古屋出張から東京へ向かって帰る夕方の車内は混んでいて、私はデッキに立っていた。他に5人ほど、女性ばかりがデッキにいた。ふと、いちゃつくカップルの姿が視界の右端に入ってきた。

写真はイメージです〔PHOTO〕iStock

人目が気にならないのかな、と思いつつ、そちらを見ると、通常のカップルとは様子が違う。男性は酔っているのか、女性に覆いかぶさるようにしている。そして、床にしゃがみこんだ女性は、嫌がっているようなのだ。

痴漢だ――と気づいてから、男性の体格を自分と比べ、武器を持っている様子はないこと、自分が持っている書類カバンが、いざという時は盾として役立ちそうなことを判断してから、強い口調で言った。

何やってんだよ!

男性の動きが止まった。

「ふざけるな」と続けて大声で言うと、相手は驚いた顔でこちらを見て固まっている。私にその先のプランはなかった。どうしよう。次に何をしたらいいのか。逆切れして殴られるかな。そう考えているところに運良く車掌が来たので、引き渡した。だから正確に言えば「つかまえた」のではない。

その後、座席が空いたので私は座り、痴漢被害に遭っていた女性は新横浜で「ありがとうございました」と言って降りて行った。小さな声のおとなしそうな人だった。それから何度も繰り返しこの時の出来事を思い出しては、ずっと同じことを考えていた。

嫌だったら『嫌です』と言えばいいのに。そうしたら、もっと早く気づいて助けられたのに」

当時、私は知らなかったのだ。加害者はノーを言えないような人を狙うことを。被害者は驚いて固まってしまい、何も言えないことを。それらを知ったのは今から5年ほど前、取材の過程で性暴力被害者の裁判資料を読んだのがきっかけだった。新幹線での出来事から15年近く経っていた。