ジャーナリストの河合蘭さんによる連載「出生前診断と母たち」。本連載は、日本における出生前診断の現状を伝えている。そこには様々な親や医療従事者たちの思いがあるが、出産に関して決断するのは当人たちだ。

出生前診断でダウン症の確率が高くても出産することを選んだ人もいる。出生前診断そのものを受けずに出産した人もいる。そして、ダウン症だということがはっきりわかって、産まない決断をした人もいる。大切なのは、親たちが誰かに指示されずに「自分で決断できるか」ということだ。今回は、産前産後のケアをする「産後ドゥーラ」として母たちから絶大なる信頼を得ている水戸川真由美さんにお話を伺った。そこにあるのは、障害のある子どもたちを育てる親でもあるからこその、生き生きとした姿だった。

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産後にわかった第3子のダウン症

お腹の子の病気、障害を告知され、その後も妊娠継続することになった場合、母親たちがいかに心細く、落ち込みがちなマタニティライフを送るかということは想像して余りある。でも、そんな母親たちを支えることに情熱を傾けている女性もいる。

バリアフリーな出産・育児支援活動で知られる水戸川真由美さんは、脳性麻痺の第1子、ダウン症がある第3子を含む3人の子を育てる母親だ。障害児を育てている母親の中でも異なる障害を持つ子を2人育てたという経験者は多くはないし、さらに、その彼女が多彩なキャリアを積んできたワーキングマザーだと知ると驚く人は多い。そんな水戸川さんは母親たちにとって、彼女の生き方、働き方そのものが希望を感じさせてくれる存在なのだ。

筆者は彼女とは、もう長いおつき合いになる。筆者は仕事柄友人の出産にしばしば立ち会うが、水戸川さんが、今は21歳の末子・裕(ゆたか)君を出産したときにも、その分娩室にいた。水戸川さんは胎児の染色体異常を調べる出生前検査は受けていなかったし、出産の場では、私は生まれた赤ちゃんにダウン症があることがまったくわからなかった。

生後3日目の裕くん 写真提供/水戸川真由美

安産でよかった、と思って帰った私は、出産の翌日、「赤ちゃんはダウン症だと思う」と聞いた時は本当にびっくりした。

1歳のときの裕くん 。毎年3月は国連が制定した世界ダウン症の日があり、水戸川さんはその企画や広報活動に奔走する 写真提供/水戸川真由美

後から聞いたことだが、水戸川さんは、妊娠中から、超音波検査で見る赤ちゃんの顔を見て「もしかしたら、この子はダウン症かもしれない」という予感を何となく感じていたそうだ。脳性麻痺のある上の子が通う療育施設でダウン症がある子たちを見慣れていたからだ。果たして、生まれた子に対面した時、水戸川さんの心の中で、予感は確信に変わった。

翌日、私が訪ねた時、水戸川さんは涙も見せずすっかり状況を受け容れた様子だった。「どうしようもないことだもの」と言いながら、3児のベテラン母は慣れた手つきで赤ちゃんの世話をしていた。障害児育児の事をまだ何も知らなかった私は、その時の彼女の冷静さに大変驚き、、水戸川さんがそれまでに重度の知的障害もある長女・恭子ちゃんと十余年間過ごしてきた歳月の重みを感じた。

その水戸川さんも、実はその前の夜は赤ちゃんをナースステーションに預け、思い切り泣いたのだという事実を知ったのはずっとあとのことだった。一晩好きなだけ泣いて、気持ちを切り替えたのだ。

そんな、決して平坦ではなかった自身の子育ての日々が、水戸川さんを、医療の専門家とはまったく違うことができる子育ての応援者にした。

今から20年前、小さかった3人きょうだい。左から恵梨ちゃん9歳、裕くん2歳、恭子ちゃん14歳 写真提供/水戸川真由美