時間がかかってもいつかつらい悲しみから
きっと解放されるはず

勝俣医師も指摘しているが、身近な人ががんになると、「もっと何かしてあげられたのはないか」と自分を責め続ける人は少なくない。それは「なんであの人はがんになってしまったのだろう」と腑に落ちない気持ちを持ち続けるよりも、「自分がダメだったからだ」と自分を責めたほうが、自分自身に説明はつくからだ。

しかし、自分自身を痛めつける心の動きはその人の歩みを止めてしまう危険をはらむ、と国立がん研究センター精神腫瘍科の清水研医師は言う。

悲嘆の回復を妨げる要因のひとつは、“過剰に自分を責める”ということ。自責の念が強いときは、誰かにきちんと話を聴いてもらう必要があります。そして、“冷静に振り返れば別の答えも見えるかもしれませんが、当時のあなたは無我夢中で尽くしておられたのですね”というやり取りをくり返すことで、やっと自分を許せるようになることもあります。

ご遺族の場合には、回復を妨げるもうひとつの要因に、大切なひとが亡くなったことを考えないように“回避する”ことがあります。たとえば遺品を見ないようにするとか、亡くなった方の話題を避けることです。前回の記事でもご紹介しましたが、悲しみや喪失感から回復の心をはぐくむためには、きちんと悲しむことがとても大切です。」(清水医師)

遺族の悲しみは回復までに何年もかかることもあるが、少し時間はかかっても自分は悲しいということを語れるようになり、また、思い出の場所に行ってみることで徐々に回復へ向かうこともあると、清水医師は言う。

「最初は耐え難い苦しみと感じられるかもしれませんが、きちんと悲しむことで、灰色にしか見えなかった未来に少しずつ色がついて、またこれからの時間を生きて行こうという気持ちになれるものです。かといって亡くなった人との思い出を忘れることは絶対にありません。ふと寂しくなることはあっても、激しく痛みを伴うものではなくなり、切なくもいい思い出として心の中で生涯、息づいてくれるようです」(清水医師)。

私の古くからの友人は、夫をがんで亡くして5年たった今も、ふとさみしくなり週に2回くらい大声で泣いているという。泣いてぼーっとして気がすんだら、さてとと、また普段の生活に戻ると言っていた。会えない切なさはあっても、ゆっくり自分の生活にもどっていっているようだ。