容姿についてディスることは
笑いにも、心の傷にもなる…

私は小さい頃、自分のことを男の子だと思っていた。家族に聞いた話だが、畑のど真ん中に立ち、兄の真似をして立ちションしていたらしい。小学生の頃は、スカートを履いたことはなく、髪型はいつもショートカット。短期間ではあるが、女子でひとりだけサッカー少年団にも入った。

小学生のころ。男の子だと思っていた。「バカ殿の侍女」になるまでもう少し… 写真提供/バービー

それにも関わらず、私はかなり発育のいい子供で、小学4年生ぐらいから少しずつおっぱいが膨らんできた。しかし、それが恥ずかしがらなければいけないものだと理解したのはかなり後のことだ。膨らんできた胸元の肉の塊を見て「うわっ、女じゃん。女体っ」とニヤついたものだ。バカ殿様に出てくるお風呂に入った侍女たちの、あのいやらしいおっぱいが私の胸に生えてきた!と面白がっていた

中学2年生のとき、「笹森っておっぱい大きいよな」と言われたことを覚えているが、あまりにも素直な感想だったので、嫌な思い出の引き出しにはしまわれていない。でも同じ頃、クラスの男子に「柔道部はこの学校にないぞ!」とガチムチな体型をからかわれたことはよく覚えていて、実際その言葉を受けて、人生で初めてのダイエットをした。女性として身体のことを言われるのが嫌なのではなくて、ディスられたことが悲しかったのだ

容姿について触れることは、言葉の裏にどういう真意があるかで、笑いにもなるし、心の傷にもなる。私にとって、容姿や女性的な身体の変化は客観的事実に過ぎず、ただ認知するだけで、馬鹿にされない限り、そこに感情が入るようなものではなかった。

人の目が気になり出したのは18歳で進学のため上京してきてからだ。私が入学したのは、私大のマンモス校で、ファッションや体型を気にしている素振りがないと人じゃない、くらいの空気を感じた。

個性的な古着ファッションが大好きな私だったが、女子大生らしくなるため、エビちゃん、もえちゃんになるべく赤文字雑誌を読み、白いTシャツにジーパンのギャル路線を半ば暴走気味に走り出した。ホームセンターで買った、遠目で見たらコンバース(?)なスニーカーを履いて。

大学時代、友人と 写真提供/バービー