薬物は「他人事」だろうか

自分は薬物と無縁だと信じているひとにも、薬物は忍び寄って来る。ストレスの多い現代社会では、うつ病や精神疾患を患うひとも多い。精神科や心療内科を受診すると、向精神薬や精神安定剤、睡眠薬を処方される場合が当然ながらある。これらの薬物は、あくまでも合法的に処方されているわけだが、ベンゾジアゼピン系の安定剤や睡眠導入剤などは、充分に乱用や依存性のリスクがあるし、国際的にもさまざまなスケールで規制されているものだ。精神科で処方された薬物に依存してしまって抜け出せなくなってしまうケースは、決して少なくない

また、覚せい剤の売人が将来の「客」を作り出すために、カラオケ店の店員と結託して、中高生におまけとして配っていたキャンディーに少量の覚せい剤の粉末を塗りつけて、依存するように仕向けていた、という事例もある。

まさかこういうキャンディに覚せい剤が塗り付けてあるとは誰も思わないだろう(写真はイメージです)Photo by iStock

薬物は、もはや誰にとっても「他人事」ではない。いや、あらゆる犯罪や事件は我々が暮らす市民社会で起こった出来事であり、「他人事」であるはずがないのだ。

車を運転する限りは、どんなに気をつけていても交通事故の加害者になりうる。酒を飲んで気が大きくなっているときに人を傷つけてしまうこともあるかもしれない。オウム真理教の起こした数々の事件についても、洗脳された実行犯たちの心の弱さは、誰にでも当てはまりうるものだ。絶望の縁に立たされた時、なにかにすがりたくなったり、正常な判断力を喪ってしまうことは大いにありうるのだから。

「自分には関係ない」
「うちの子に限って」

こういう言葉で、ひとは様々なイシューを「他人事」にしたがる。薬物、宗教、交通事故、性的指向、身体障害、精神疾患、差別、戦争、汚職、孤独死、拉致問題……。本当はなにひとつとして、「他人事」ではないのに。