HIVの偏向報道がもたらしたもの

当該記事を読んで僕は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に対する報道を思い出した。HIVと、それによるAIDSが認識され始めた1980年代、HIVおよびAIDSはあくまでも「ゲイの病気」とされていた。そしてその風潮は、90年代に入ってからも続いた。たしかに、疫学的統計によればHIVの感染経路としては、同性間性的接触によるものがかなりの割合を占めている。とはいえ、「HIVはあくまでもゲイの世界の話であって、自分たちには他人事」というかつての報道は、異性愛者や薬物使用者の間でのHIVの蔓延という悲劇を招いた。

いまでは、HIVは性的指向にかかわらず、誰でも感染しうる病気だというのは常識になりつつあるし、早期発見をして適切な治療をすれば感染者の平均余命は健常者と変わらない、という事実も周知されている。しかしかつて「HIVは他人事」という報道が繰り返されたことによってHIVやHIV感染者への誤解や差別が生じ、蔓延を招いた、というのは紛れもない事実だ。

フレディ・マーキュリーも亡くなるまでエイズであることを隠していた。彼はゲイであることを公表はしていなかった。セクシャリティを公表したくない思いが、病気について公表できない思いにもつながったのかもしれない Photo by Getty Images

薬物事案の報道も、HIVに関するかつての報道と同じ轍を踏んではいないだろうか? 報道機関社員が覚せい剤ならびに違法薬物を所持していた、という客観的事実を報道すれば事足りたはずなのに、あえて「犯人は新宿二丁目に出入りをするような人だった」という情報を付け加えることで、自分たちの社会とは“別の社会”に属するひとが起こした事件である、と線を引き、「他人事」として片付けていないだろうか。