「家を売るのが最善」という結論に

会がお開きとなり、老婆たちを送り届けたあと、残った晴子叔母やいとこのユカなどと駅前のカフェで話し合った。
今後彼女たちの生活費をどうするか。風呂やガス台が壊れているが、どうするか。

風呂は直せば使えるが、使い方を誤る危険があるので、かわいそうだが週に数回、銭湯に通ってもらうことにした。食べ物は使い慣れた電子レンジで温めてもらおう。高齢者向きの弁当宅配サービスもあるのだが、伯母が「美味しくない」&「近所に知られる」とこれを拒絶しているので、利用は絶望的だ。

いとこも私も、持ち出しで母と伯母をサポートしていたが、私たちより多額の費用を立て替えていたのは晴子叔母だった。自分たちの生活にも影響が出てしまうので、伯母に生活保護を受けさせることも考えたが、本人がお金の管理もできないことがネックだった。

そもそも持ち家があるのだから、そちらを処分することのほうが先だろう。伯母はこのとき、少なくとも母よりはマシな健康状態で、ある程度の判断能力があった。本人の意志とタイミングを確認して家を売却し、伯母の生活費に充てるのが良いだろうという結論になった。

母たちが生まれ育った家を売るのが一番だろうと話し合った(写真はイメージです)Photo by iStock

「成年後見人制度」というものがある。認知症などで自ら財産管理ができない場合、身内あるいは弁護士などが経済的な代理人となって、さまざまな手続きを行うのである。これはとても便利で公正な制度なのだが、後見人になるには家庭裁判所の審判が必要で、決定までに時間がかかる。後見人確定後は、家庭裁判所に報告義務が生じ、場合によっては調査に応じなければいけない。

後見人になるということは、そういった細々とした雑務が生じるということでもある。弁護士に依頼する経済的余裕もない。ということで、後見人制度は使わないことになった。

みんな、認知症ならではの理不尽な言動に振り回され、感情と生活を乱され、疲れ切っていた。いつまで耐えれば良いのか。その先の展望も、まだ見えなかった。

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【次回は3月8日(火)公開予定です】