安全と清潔を両天秤にかける

母と伯母が暮らす実家には、きれいで広い風呂があった。昔ながらの、レバーをガッチャンと回して火をつける「バランス式」の風呂釜である。ところが、その使い慣れた風呂釜が壊れてうまく点火できなくなり、風呂に入れなくなってしまった。風呂釜を直したり入れ替えたりするのは業者に頼めば簡単である。直すべきかどうか、私たちは悩んだ。

バランス釜は最初に水をため、そこで釜に火をつけて水を沸かす。しかし空焚きすると危険であり、健康な人でも「空焚きは注意して」と言われているのだ。認知症老女ふたりが、新しい風呂釜を正しく使えるとは思えなかった。

すべてユニットバスで電気でポンとする浴槽に変えるとなると、浴室リフォームとなるから、150万円はかかる。ただでさえ持ち出しで二人の生活を補っていた。そういうお金は、正直難しい。

かくして、ゴミ屋敷にネズミと共生し、風呂にも入らず、見た目も臭いもホームレスさながらとなったのふたりをどうするか。実に悩ましい問題だった。当然衛生面・健康面が常に心配だが、掃除をしに行けば追い払われる、ヘルパーも同様という袋小路の中、目の前の問題をなんとかしなければならない。

ふたりを強制的に実家から引っ張り出し、誰かが面倒をみられれば事は簡単だ。しかし、相手はボケたとはいえ基本的人権のある人間。無理やり家から引っぱり出すことはできない。第一、私たちには、老人を引き取るだけの経済的余裕やスペースがなかった。

それでも、せっかく故人を偲んで会食しようとしているのだから、一日だけでも小綺麗にして楽しく過ごさせてやりたいではないか。本人たちの意思や気持ち、シチュエーション、全部が折り合うポイントを見つけるのは至難の業だった。

ゴミ屋敷での
ファッションコーディネート

少し前に整理整頓したにもかかわらず、彼女たちの衣類は、タンスにきちんと収まることなく畳一面に敷き詰められていた。何かを探そうとしてそれらを掘り返すと、地層の一番下にようやく畳が見え、湿り気を帯びた畳の上にはネズミの糞が転がっている。

とにかく、できる範囲で自分たちの身支度をしてもらわねばならない。電話で「偲ぶ会」の流れをこんこんと説明し、「夜にはふたりでいっしょに銭湯に行ってきれいにしておいてね」と念を押した。 かつて山ほどあった銭湯は、平成の頭には絶滅危惧状態となっていたが、このときは家の近くにまだ1軒残っていた。

「だって、大事な弟の四十九日なのよ。あの、中華の○○楼なのよ。おいしいお料理を臭いでダメにしないほうがいいと思うよ。せっかくだからちゃんとしてきてね」

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出発前、晴子叔母が彼女たちを迎えに行き、服装と臭いチェックをしてくれた。洋服は桐タンスの中から選んだ。桐タンスの引き出しは、唯一ネズミ害から守られている空間だ。

そして現われたふたり組。普段着を黒一色でコーディネートしてきたので、法事らしい様子にはなっていた。しかし、髪はゴワゴワで伸び放題。ふたりとも化粧っ気はなく、ドドメ色のオーラを放っている。伯母は気位が高いので背筋を伸ばして立っていたが、我が母は体を縮め、ムーミンのスティンキーみたいにおどおどしている。ふたり並ぶとまるで魔女の姉妹だった。

とりあえず、「臭くはない」。この日の最重要ポイントは押さえた。よし。