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イオンが成功し、ダイエーが失敗した「成功体験」のワナ

池上彰『日本の戦後を知るための12人』

結果的にシャッター通りになった

池上彰氏は、著書『日本の戦後を知るための12人』のなかで、戦後の日本において無視できない人物として、田中角栄、江副浩正、小泉純一郎、中内功、渡邉恒雄、堤清二、村上世彰、堀江貴文、石原慎太郎、池田大作、上皇と上皇后をとりあげている。

そのうちダイエー創業者の中内功(1922~2005年)とセゾングループの代表だった堤清二(1927~2013年)に関しては、成功体験にとらわれたことが破滅につながる「失敗の研究」として興味深い。

中内は、関西主婦連をはじめとする消費者団体と連携して「安売り」を武器にして、小売業の革命を成し遂げた。小売店がダイエー商法に危機を覚え、政治に働きかけて大規模小売店舗法を1973年に施行させ、大型スーパーの進出を阻止しようとした。

1975年にダイエー熊本進出を阻止しようとする商店街との間で激しい抗争が展開された。結局、消費者を味方につけたダイエーが勝利した。この成功体験が中内の経営戦略を誤らせることになった。

 
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〈熊本で起きた「ダイエー出店反対」のような動きは、ダイエーにかぎらず百貨店や家電量販店などを相手に、その後も各地に広がります。それで店舗面積を狭くしたところもあれば、進出を断念したところもあります。

こうして、スーパーマーケットが来なくなった駅前商店街は、次々に閉店してシャッター通りと化してしまった。反対運動が衰退を招くという皮肉な結果を招いてしまったわけです。

一部の小売店は大型スーパーの近くに店を構え、スーパーの帰りに立ち寄ってくれる客をターゲットにしました。この通称「コバンザメ商法」で共存共栄を図ったところは生き残ったのです。しかし、ほとんどの駅前商店街はシャッターをおろしてしまいました。

それでも、ダイエーは相変わらず駅前に店舗を作ろうとしました。駅前にまさる立地はない、という考えが捨てきれない。つまり、成功体験にしがみつき続けたのです〉