3.11後の東北をただ車で通り過ぎた私の「大きな怒り」

失われた小説をもとめて【7】
藤田 祥平 プロフィール

なにもない平地

国道45号線のどこかの地点に、なにもかもが洗い流されて平らになっている土地があって、そこに、一ヵ月かそこらで建ててしまえそうな四角くて安っぽいチェーン店の建物が並んでいた。そのうちのひとつはドラッグ・ストアで、信号を待っているときに眺めていると、そこから頭にターバンを巻いた浅黒い肌の人々が連れ立って出てきた。そのひとたちはミニ・バンに乗り込み、するすると駐車場から出て、国道とはべつの方向へ走っていった。

私は困惑しながらハンドルを切り、ドラッグ・ストアの駐車場に車を停めて、入店した。ごくふつうのドラッグ・ストアだった。化粧品や洗面具、おむつや飲料、目薬にマスクに頭痛薬などなど、思いつくものはひととおりあった。こうしたドラッグ・ストアは、私の街にもあるし、あなたの街にもあるだろう。私は目薬をひとつ買って店を出た。寝不足で、目がすぐに乾くような気がしたのだ。

目薬をさして、車のなかで呻いた。とても目にしみる種類だったのだ。

車を出て、なにもない平地を歩いた。

なにもない平地とはいえ、学校があった。その学校は厳重な盛り土、じつに丁寧な台型の土のうえに立っていた。私はながいスロープをのぼって、学校の校庭がみえるフェンスに近づいた。なかで子供たちがボール遊びをしていた。たぶん小学校だろう。三十人くらいはいた。

放課後だったのだ。校門から子供たちが出てきて、私のいるスロープを駆け下りてきた。そのうちの何人かが、こんにちは! と私にむけて言いながら、私のそばを通りすぎた。こんにちは! と、私はあわてて答えた。

 

近くの山肌のあいだに神社が見えた。山肌といっても、五十メートルも登らない。私は古い石の階段を登り、小さな本殿の前で手を合わせた。振り返ると、階段からまっすぐ行った、まったくの更地になっているところ、国道の少し手前に、りっぱな鳥居があるのが見えた。

それで私は知った。

この階段からあの鳥居までには、通りがあったのだ。おそらくこの通りには、商店や民家が並んでいて、国道につながっていたのだ。子供たちは、そうした家々のあいだをぬって学校へ通っていたのだ。この神社からは、かつては町ぜんたいの景色を見下ろすことができたのだろう。いまでは町どころか、海の方へと入り組んでいく稜線まで、しっかりと見ることができる。

私は目を細めてさきほど挨拶をした子供たちの姿を探したが、見つからなかった。不思議なことだ、遮るものなどなにもないのに。