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辞書編集者が語る「辞書に載らない裏の言葉」発見の喜び

わが人生最高の10冊

おもちゃ箱をひっくり返したみたい

学生時代に研究していた『源氏物語』などの古典も大好きですが、今回は現代文で書かれたものに絞って選びました。

本の面白さに目覚めたのは、中学生の頃でした。当時の担任でもあった国語の先生は、生徒に「ダメだ」と言わない人で、本を読むなら不道徳な小説でも、なんでもいいとおっしゃったんです。

そこで私は、ユーモラスで取っつきやすかった北杜夫さんの小説を読みふけりました。最初は「どくとるマンボウ」シリーズから入り、それ以外の作品にも手を伸ばすようになりました。

楡家の人びと』は純文学で、北さんの代表作のひとつです。東京・青山の精神科病院の三代記で、北さん自身の家族がモデル。お父さんは医師で歌人の斎藤茂吉ですね。

 

当時の私には、この本は簡単に読めるものではありませんでした。最初の一文から「昼餉」とか「大童」とか、見慣れない言葉が続きます。ただ、昔の病院を舞台にしていることもあり、想像力を膨らませて読むのがとても楽しかった。

言葉の使い方も変わっていました。たとえば、作品では太平洋戦争の開戦が大きな分岐点となりますが、戦争中の描写では登場人物の日記が出てきて、漢字と片仮名での記述が続くのです。

上下2巻(当時)あり、読むのには苦労しましたし、読み終えた時には大きな達成感を覚えました。私の読書史における、記念碑的な作品です。

『吾輩は猫である』も、中学時代に読んだ本です。猫が主人公の小説だから簡単かと思いきや、内容はおもちゃ箱をひっくり返したみたいなもの。

寄り道の連続で、物語はそっちのけです。一応、寒月君の恋愛問題が中心になっているのですが、読者は誰もそう受け取らない。無駄話集成みたいな本でこんな小説があるんだと驚きました。