雅子さまとの出会い

1985年、帰国後の記者会見で、陛下は落ちついた表情でこう述べられている。

自分でものを考え、自分で決定し、自分でそれを行動に移す。そういったことができるようになったのではないかと思います

そして、その翌年、陛下の前にひとりの女性が現れたのだ。
小和田雅子さん。雅子さまとの、運命的な出会いだった。

その後のことは、「漫画家が見た雅子妃」に詳しく書かせていただいた通りだ。
ひと目で雅子さまに恋をした陛下は、ご自分の意思で雅子さまを選び、何度断られても、周囲に反対されても、その想いを貫かれた。

「天皇」となる宿命のもとにお生まれになって、幼い頃から耐えてきたこと、あきらめてきたこともあったかもしれない。しかし、雅子さまのことだけはあきらめなかった。そんな陛下の純情に胸が熱くなる。

そして、ご結婚後にご夫妻が直面した「苦悩」と「闘い」についても、よろしかったら連載記事を読んでいただきたい。
お世継ぎの重圧、周囲の無理解、雅子さまのご病気、激しいバッシング……。
ご苦労もご心労も途方もないものだったはずだが、常に穏やかな笑顔を絶やさず、雅子さまを守り、支え続けた陛下。
その鋼のメンタル、自制心、誠実で深い愛情には、本当に頭が下がる。

強い意志を持ちながら、優しく、穏やかに、温かく。当時の皇太子ご一家のときから、ご家族の空気は変わらない Photo by Getty Images

一般の家庭でも、家族が長い間病気であれば、他の家族は疲弊し、時には苛立ち、家庭内に不和が生じてしまう場合もあるだろう。
だが、皇太子時代の多忙な公務の中でも、陛下はできるだけ育児に協力し、愛子さまの学校行事には顔を出し、雅子さまに代わって登校に付き添われることもあったという。

「日本の象徴」である天皇陛下が、稀代の「愛妻家」であり、「イクメン」の子煩悩なマイホームパパ。このことを、国民は誇りに思ってもいいのではないだろうか。

神話の時代から2700年近くにわたる万世一系の系譜を継がれ、世界の王室や要人からも尊敬を受ける天皇陛下。
国家と国民の安寧を祈る「祭祀者」でもあり、世界の水問題に関する「研究者」としての顔も持っている。
その上「イクメンの愛妻家」ときたら、もう惚れずにはいられない……!!