京大の名物のタテカン(立て看板)も、設置後すぐに職員に撤去される

自由を謳う京大が「不自由」になっている…学生が語るその現実

タテカン排除、不条理な処分…

京都大学にどんなイメージをお持ちだろうか。京大と聞けば、自由の学風、学生の自治、森見登美彦が描いてきたような変わり者の学生たちを思い描く人が多いだろう。現総長の山際寿一氏も「おもろい」学生の育成が重要だと様々な場面で語っている。半ばイメージ戦略の側面もあるだろうが、大学側も、自由、個性の尊重などを特色として掲げていることがわかる。

しかし、学生たちに取材をすると、そのようなイメージ戦略に用いられる「自由」「個性の尊重」とはかけ離れた現状が浮かび上がってくる。

むしろ京都大学は、ここ数年で「不自由」になっている向きがある。多くの学生たちが、これまで京大らしさと謳われてきた自由や、個性を重んじる学風が失われつつあると感じているのだ。大学のなかで何が起きているのか。以下では学生たちへの取材に基づき、京都大学の変化の一端を描いてみたい。そこからは、大学の奇妙なまでの余裕のなさが垣間見えるはずだ。

京都大学〔PHOTO〕WikimediaCommons(Soraie8288氏が投稿)
 

「個性」なんて言うけれど

筆者は昨年11月頃から、京大生の学生生活を追ったノンフィクション本制作のため、何度も京大を訪れ、取材を進めてきた。自治寮(京大には学生自身で運営する自治寮がある)の寮生やサークルの主催者、若い研究者、教授など10人以上に話を聞いたが、「ここ数年で起きた京大の変化は?」と質問を投げかけると、真っ先に「規制強化」という答えが返ってくる。学生たちの批判の声をいくつか挙げよう。

「ここ数年ですごく一方的になった」(人間・環境学研究科2年生)
「一部学生が大学構内に立ち入ることが禁止されはじめた、今まではなかったこと」(文学部4回生)
「毎月話し合いに来ていた副学長が代わって、話し合いを拒否する新副学長になった。意見を伝える場がなくなった」(自治寮生)
「大学の方針と実際にやっていることが真逆」(理学部4回生)
「個性、おもろいなどと言いつつ、結局は企業ウケする個性を選別しているだけ」(文学部4回生)
「やっぱりタテカン(立て看板)がなくなったのはつまらない」(理学部4回生)
「京大生はおもしろいけれど、京大はおもしろくない」(文学部4回生)