その道20年の研究者が語る、実はすごい「ホヤ」という生き物の秘密

ヒトを理解するために「ホヤ」を調べる
水品 壽孝, ブルーバックス編集部

「ホヤをやってみないか」

大塚さんがホヤと出会ったのは、大学生のときだった。所属した研究室の担当教授から、「ホヤをやってみないか」と声を掛けられたのが、きっかけだったという。「研究室に入るまで、ホヤを見たことがなかった」という大塚さんだが、以来、四半世紀以上に渡ってホヤと付き合うことになる。

「大学では、発生ではなく、筋肉の研究をしていました。ホヤの筋肉は横紋筋に特有の縞模様はないけれど、収縮の仕組みは横紋筋と同じという、横紋筋と平滑筋を合わせたような特殊な筋肉なんです。そこに担当の先生が興味を持ち、ホヤを研究対象にすることを勧められ、ホヤの筋肉を構成するタンパク質を調べていました」

大学院を卒業後は、産総研の前身である工業技術院生命工学工業技術研究所に所属。神経のラボに配属されてからは、筋肉から発生にターゲットを移し、ホヤの研究を続けているが、大学時代、筋肉のタンパク質を調べるためにマウスで作ったモノクロナール抗体をいまも保存して、活用。細胞を染めるときに綿々と使い続けているという。

大塚さんは、毎年12月になると、研究に用いるマボヤを仕入れるため宮城県の女川に足を運ぶ。ホヤの産卵期は冬で、マボヤの場合、12月頃から産卵を始めるからだ。そのため、かつてはホヤを研究する人は、冬になると臨海実験所に詰めて研究をする人が多かったという。

特にホヤに受精させるシステムを確立し、ホヤの研究に大きく貢献した東北大学の沼宮内隆晴助教授が籍を置いた青森県の浅虫にある臨海実験所は「ホヤ研究の聖地」とされ、多くの研究者が集まったそうだ。

「ただし、僕は陸(おか)研究者なので、浅虫には行ったことがありません(笑)。研究のためフランスに行っていた時期はありますが、あとはほとんど関東近辺で研究しています」

研究室の水槽にはたくさんのホヤが飼育されていた

実験できるかどうかはホヤの調子次第

大塚さんが、毎年仕入れるホヤは約200匹。いまは「3年子」と呼ばれる3年物のホヤを仕入れている。このホヤを一匹ずつ産卵させて受精させることで、実験はスタートする。

そのとき、産卵をコントロールするのは光と温度だ。ホヤは光の刺激によって、卵子と精子を出す。常時、明るい状態で保管しているホヤのなかから産卵させるホヤを取り出し、一つずつ容器の中に入れ、産卵装置にセット。夕方ぐらいに真っ暗な状態にし、朝3時から光を当たるようにすると、お昼ぐらいまでに卵を産み、精子を出すという。

「朝、研究所に来ると、まっさきに産卵装置に入っているホヤを見て、様子を確かめます。卵を産まない日は、実験ができません。だから、それでおしまいです。経験上、天気が悪い日はあまり産みがよくありませんね。元気な卵かどうかも、色や形を見れば大体わかります。やや黒っぽい色をしていたり、形がいびつな卵はダメ。受精しても使いものになりません」

産卵装置の中に入れられたマボヤの成体 

ホヤは雌雄同体だが、同じ個体に由来する卵子と精子は受精しない。そのため、産卵させた卵子は、シャーレーのなかでほかの個体の精子と混ぜ合わせて受精させる。

受精した卵は1時間に1回ぐらいのペースで分裂を繰り返し、7回分裂すると110細胞になる。この110細胞をシャーレーから取り出し、顕微鏡にセット。狙った細胞に色素を注入するインジェクション作業を行う。

「細胞に色素を入れていく作業はけっこう大変です。違う細胞に色素が入ってしまうと、結果がわからなくなってしまうので、いつも110細胞期の模式図を傍らに置き、これを見定めながら顕微鏡を覗き込み、針を打ち込んでいます。こういうことをやる人は、いまはあまりいませんね。

じつは僕はもっと分裂が進んだ胚の細胞にも染色をしてラベルしているのですが、たぶんその時期にラベルをしているのは僕しかいないでしょう(笑)」

インジェクション作業を行う大塚さん。顕微鏡をのぞきながら、右手で針を操作している。

マボヤの場合、受精した卵が孵化して幼生になるまで約2日を要する。その間、温度を10度前後に保ち、発生のスピードをコントロールしている。