その道20年の研究者が語る、実はすごい「ホヤ」という生き物の秘密

ヒトを理解するために「ホヤ」を調べる
水品 壽孝, ブルーバックス編集部

ホヤがわかれば、ヒトもわかる

研究材料としてのホヤの重要性は国も認めており、ライフサイエンスの研究材料を整備することを目的にAMED(日本医療研究開発機構)が行っているナショナルバイオリソースプロジェクトでも、重要なバイオリソース(動物・植物・微生物等)の一つにカタユウレイボヤが選定されている。どうしてホヤは研究材料としてそこまでもてはやされているのだろうか。

「一つは構造が簡単だからです。ホヤの幼生とカエルの幼生であるオタマジャクシの体の構造は非常によく似ています。しかしながら、ホヤの幼生はオタマジャクシに比べて体の作りが単純です。約3000個の細胞から成り、そのうち神経細胞は約100個しかありません。また遺伝子の数も約1万6000個と、ヒトの半分しかないのです。

飛行機が空を飛ぶ理由を知りたかったら、飛行機自体を調べなくても、紙ヒコーキを調べればある程度わかりますよね。それと同じ理由で、ヒトに近いけれども、極めて簡単なつくりであるホヤを研究対象としているわけです」

なるほど、脊椎動物と同じような体の構造を持ちながら、その作りが極めて単純なホヤを調べることで、脊椎動物の発生の仕組みを明らかにしようというわけか。ただし、ホヤが研究材料として優れている点は、それだけではない。大塚さんが言葉を続ける。

「ホヤの卵は7回分裂を繰り返すと、110個の細胞に分かれます。これを『110細胞期』と呼びますが、この110細胞になるまで、どの卵も同じように分裂していき、細胞の形も同じです。ですから、細胞一つ一つをずっと追跡することができます。さらに、110細胞期のほとんどの細胞が、将来、幼生のどの細胞になるのかもわかっています」

マボヤの細胞分裂の様子

下の図(マボヤの細胞系譜)に注目して欲しい。この図は110細胞期の一つ一つの細胞が成長して何になるのかを組織ごとに色分けしたもので、緑で示した細胞は表皮、青と紫で示した細胞は神経、赤で示した細胞は筋肉になるということがわかっているそうだ。このように発生過程を通じて、一つ一つの細胞を追跡できるということが、研究材料としてのホヤの魅力であり、特徴だという。

マボヤの細胞系譜

感覚神経の発生をダイレクトに調べる

このホヤの特徴を利用し、ホヤの感覚神経ができる仕組みを解き明かそうというのが、大塚さんが取り組んでいる研究だ。

「2010年当時、どの細胞が感覚神経になるのか正確にはわかっていませんでした。そこで、『おそらくこの細胞が感覚神経になるのだろう』と目星を付けた、「a8.26」という110細胞期の細胞を赤い色素で染めて、成長させました。」

大塚さんが研究に使用しているのはマボヤ。そのマボヤの胚の細胞には、一つ一つ名前が付いており、その名前をみると、その細胞がどの時期の、どの場所にある細胞なのかということがわかるようになっている。

「a8.26」という細胞ならば、a=動物半球前側(動物の胚は動物半球と植物半球とよばれる2つの領域に分かれている)にある、8=「7回分裂を繰り返した(受精卵が1なので7回分裂を繰り返すと8になる)」、26=「26番の場所」ということで、110細胞期の動物半球側の26番のところにある細胞ということがわかる。

「下の写真は、その胚が成長し、幼生になったときの頭部の写真です。緑に見えるところが感覚神経細胞、赤で見えるところは、赤の色素でラベリングした「a8.26」の細胞が分裂した結果です。このなかで2個だけ黄色くなっているところがあります。これはどういうことかというと、緑と赤が混じり合ったということです。つまり「a8.26」という細胞から2個の感覚神経ができてくるということがわかったわけです」

感覚神経の細胞系譜

こうした地道な作業を繰り返した結果、ホヤの幼生の頭部にある10個の感覚神経が、110細胞期の6個の細胞から作られていることがわかった。

「写真の黒く見える部分は眼点です。実際にモノが見えるわけではなく、光を感じるセンサーとして働いています。そして、その眼点の周辺に、ヒトの脳にあたる中枢神経系があります。

眼点で光を感じたら中枢神経系が処理をして、運動神経に情報を飛ばし、光とは反対方向に進むようになっています。その理由は岩場に付着しなくてはいけないからです。岩場は光(太陽)と反対方向にあるはずなので、光とは反対方向に泳ごうとするわけです。

重力を感知する感覚神経もあります。ヒトで言えば耳にあたる部分ですね。重力を感じて、「こっちが下だ」ということを感知しているわけです。このようにホヤの幼生はかなり高等なことをやっている。見た目と違って、けっこうスゴい奴なんです(笑)」

ホヤは、脊椎動物、そして、ヒトの発生を研究するモデル動物にほかならない。この研究がさらに進み、その感覚神経を形成する仕組みが明らかになれば、先天的な神経疾患の治療や再生医療などの分野で、その知見はおおいに役立つことが期待される。