そんな時、さらなる転機が訪れる。大病が真如さんの身体を蝕んでいたのだ。

「医者から『命の危険があります』と宣告されました……。それでせっかく勉強したんだからと自分を占ってみたんです。そうしたら『8年後、お金が入ってくる』と出たんですね。当たるも八卦、当たらぬも八卦と思って、会社を畳んで、おとなしく静養することにしました」

会社で所有していた不動産を貸し出し、ローンはその家賃で支払ったと言う。そして8年後、全てのローンが完済し、本当に真如さんにはお金が入ってきたのだ。静養の後、奇跡的に快復した真如さんは、占いの知識を人に教える仕事を始めるようになる。さらに、占いの会社に所属し、デパートやショッピングセンターで占いをするようになっていった。いわゆる「占いの館」の一角で鑑定を始めたのだ。その時から、真如さんの占いは「当たる!」と評判を呼んで彼女の前には行列ができるようになっていた。

福岡県の名家のお嬢さんだった真如さん

初めての路上での占い

そのうち、新宿などでは路上の占いがブームになっているという噂を聞き、自分でもやってみようかなと思い、新宿西口の小田急百貨店前で占いを始めたのだった。

「ところがお客さんが来ない。他の人は繁盛しているのに、私のところだけ全然来ない。そうしたら、路上で商売をしている人から注意を受けたんです」

「あなたの服装は高そうだから、お客さんが寄ってきませんよ」と言われたのだ。それまでは室内で占いをしていた真如さん。いざ路上での占いを始めた当時、彼女が着ていた洋服は、「君島一郎」「芦田純」「アルマーニ」などのブランド服だった。

「路上は寒いので、冬場は毛皮を着たりもしていました。また、恥ずかしいから帽子をかぶって顔を隠していたんです。つまり、お客さんは私の格好を見て『ここはボラれそうだ』と思われていたんですよ(笑)」

それからは、ジーンズを履き、できるだけ普段着で接客するようになった。すると、少しずつお客さんが増えていったのだ。

そして彼女は評判の占い師になってゆく。

「とにかく、私当てたんです。だから、どんどん評判で人が増えていきましたね」