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温泉ひとり旅に出た大人気AV女優が、キングベッドで泣いて得たもの

私は西行の仲間かもしれない
大人気AV女優・紗倉まなさんの純文学デビュー作『春、死なん』(講談社)が本日から発売された。今回の小説を書き下ろすきっかけともなった、静岡への「温泉ひとり旅」について、紗倉さんが振り返る。

ふかふかのキングベッドの上で

対人関係や仕事のことで妙に落ち込み、負の海の中で溺れかけていたある日、ふと、何か贅沢でもしてみようかな、と思いついた。

そのまま勢いで検索エンジンに「旅館 贅沢」と叩き込み、出てきた静岡の老舗旅館を熟考することもなく予約した。

 

翌日、旅館から電話がかかってきた。「余っていた部屋はすべて2人部屋で、宿泊費も2人分かかるのですがいいですか?」と丁寧に尋ねられた。

その時になって、存在しない人間の飲食代や空間分まで支払う無駄というのは究極の贅沢ではないだろうか、と半ば強引に思い込むようにして、「大丈夫です! そちらでぜひお願いします!」と宿泊代も聞かずに承諾した。

当日は車で3時間近くかけてゆっくりと向かった。快晴で、とても気持ちのいい日だった。

旅館に着いたら、思っていたよりもすることがなかった。ひとり旅はそれなりに楽しめるほうだが、いつもの自分とは何か様子が違った。

2階から見渡す、春に色づいた山景色に感動しようとしても、無になろうとしても、次々と浮かんでくるのは心が破裂しそうな苦しいことばかりで、気が滅入っていく一方だった。

隣の部屋から若い夫婦らしき談笑の声が聞こえてきたのをきっかけに、ふかふかのキングベッドの上でのたうち回るように泣きだしてしまい、涙で濡れた枕を柔らかい陽ざしに当てながら、選んで得た1人の空間に、1人で来てしまったことを強く呪った。

結局泣き疲れて、何もせずベッドを下りて床で寝た。これは贅沢ではなくてただの苦行である、と後悔しながら。