米中大戦争時代に日本が“隷属国”であり続ける「厳しすぎる現実」

多極構造の世界を生き抜くために
伊藤 貫 プロフィール

「救国の英雄」に大変身

ドゴールは「傲岸で謙虚」、「詩人的でリアリスト的」な人物であった。

彼は15歳の頃から、「自分はいずれ、祖国フランスの救国者となる運命にあるのだ」という過剰な自負心と使命感を抱くようになり、そのために着々と外交史、軍事史、政治思想史、哲学史、国際政治学等の勉強を積み重ねていた。

学究的な職業軍人であった彼は、人嫌い・社交嫌いであり、本当に親しい友人を一人も持たず、いつも孤高を守り続けた礼儀正しくて超然とした軍人であった。

そのドゴールが50歳の時(1940年の春)、フランス軍が(無様にも、あっという間に)ドイツに屈服して、ヴィシーに対独協力の傀儡政権を設立すると、単身イギリスに脱出して、「フランスは屈服していない! 我々は絶対に屈服しない! フランスは戦い続ける! そしてフランスは勝利する!」と叫んで、「救国の将軍」の役割を演じる大芝居を打ち始めたのである。普段は非社交的で禁欲的で、まるで中世の修道僧のような生活を送り、軍の内部でも孤立することの多かった学究的な戦略家が、突然、「祖国の勝利を確信する、情熱的な救国の英雄」に大変身したのである。

 

実はドゴールは小学生の頃から、詩作と観劇が大好きな文学少年であった。彼は学生時代、コルネイユやシャトーブリアンに心酔し、演劇部に所属してアマチュア俳優や劇作家の真似事をしていた。

演劇好きであった彼の青年時代のことを考えれば、軍隊内で「社交嫌いの気難しい理論家」という評判であったドゴールが、突然、コルネイユの悲愴な古典劇に登場するような「祖国存亡の危機に、たった一人で立ち向かう歴史的な英雄」という役割を演じ始めたのも、理解できないことではない。

*YouTube で多数配信されているドゴールの演説や記者会見を観ると、彼の喋り方の巧みさに圧倒される。最近のサルコジやオランドやマクロンのように凡庸極まりないフランス大統領とは、まったく質の違う抜群の説得力である。子どもの頃から演劇好きであったドゴールは、明らかに「知的確信に満ちた談話のパフォーマンス」に習熟していた。

それにしてもドゴールという人は、矛盾に満ちた奇人(そして貴人)であった。彼は冷たい知性と激しい情熱、謙虚さと傲慢、燃えるような愛国心と冷酷な意志力、厚顔不遜なエゴイズムと厳しい自己否定の戒律に満ちた人物であった。

ドゴールは1944~45年と1958~68年の約11年間、フランスで最強の政治権力を握った。普仏戦争(1870年)以降のフランスにおいて、最も権限が集中した統治を実行したのがドゴールである。

しかしドゴールの統治には、「権力の濫用」や「権力の腐敗」という現象がまったく見られなかった。国家最大の権力を握ったにもかかわらず、ドゴール家の経済状態は質素なミドルクラスのままであった。

ドゴールとは、「自分自身のエゴイズムを克服することに成功した、冷徹で傍若無人なエゴイスト」だったのである。

若い頃のドゴールは、ニーチェの思想から大きな影響を受けていた。それにもかかわらず彼は、ニーチェに強烈に反撥していた。もしかしたらドゴールは、「ニーチェ的なエゴイズムを峻拒するキリスト教的な超人主義」を目指していたのかもしれない。

性格的な矛盾に満ちた「傲岸なる謙虚」「孤高で孤独な同胞愛」「冷徹で熱烈な愛国心」を実践してみせたのが、"稀代の名優シャルル・ドゴール"なのであった。

※本稿は、伊藤貫著『歴史に残る外交三賢人』(中公新書ラクレ)の一部を、再編集したものです。