米中大戦争時代に日本が“隷属国”であり続ける「厳しすぎる現実」

多極構造の世界を生き抜くために
伊藤 貫 プロフィール

ドゴールは回想録において、「私はフランスが、世界に対して毅然として直立することができる国家であることを示したかった」と述べている。

第二次世界大戦中、彼はチャーチルに対して、「フランスはあまりにも貧しくなった。だからこそ我々は卑屈な態度を取ることが出来ないのだ。……私の権力は限られており、しかも私は孤立している。そうであるからこそ私はより高い見地に昇り、そこから下降することを拒否するのだ」と語っていた。

「フランスが貧しいからこそ、卑屈になることを拒否する」、「無力であるからこそ、高い見地を維持する」というのが、ゴーリズム(ドゴールの政治思想)のエッセンスであった。

 

英政府のチャーチルとマクミランは、この「痩せ我慢に満ちたドゴールの傲慢な態度」を理解したが、フランクリン・ルーズベルトと米国務省官僚にとって、「無力なドゴールの滑稽な傲慢さ」は蔑視と嘲笑の的でしかなかった。

F・ルーズベルトの祖父は、中国を相手とする阿片貿易によって巨富を築いた成金の麻薬商人であった。無教養で冷酷で打算的なルーズベルトは、気位が高くて教養豊かな古典主義者であるドゴールを、強烈に嫌っていた。

功利的なマテリアリスト(物質主義者・拝金主義者)にすぎないルーズベルトや米国務省の官僚にとって、ドゴールの深い知性と文化的プライド、中世騎士道なasceticism は、「気取り屋のフランス人が振り回す、何の役にも立たない空虚なポーズ」にすぎなかったのである。

この第二次大戦中のドゴールとアメリカの対立は、ドゴールが死去するまで続いた。これは、過去2000年間のヨーロッパの知性と文化の維持を重視する古典的な教養人ドゴールと、洗練された西欧文化に無関心であり、実利主義的な態度で目先の利益を追求するアメリカ人との対立であった。この対立は本質的に「文明の衝突」であり、20世紀の後半期になっても解決されない深淵な人間観・世界観の対立であった。

*ちなみに敗戦後の日本の親米保守と護憲左翼は、「我々は貧しいから、マテリアリスティックなアメリカ文明の真似をする」、「日本は無力だから、アメリカ帝国の保護にしがみついて生き延びる」という国策を選択してきた。日本の自民党・財務省・外務省・自衛隊、そして左翼と保守の言論人たちは、ゴーリズムとは正反対の生き方を選んだのである。