言論の自由を守る…講談社最良の時代に現れた「本田学校」とは何か

大衆は神である(85)

ノンフィクション作家・魚住昭氏が極秘資料をひもとき、講談社創業家・野間家が歩んできた激動の日々と、日本出版界の知られざる歴史を描き出す大河連載「大衆は神である」。

雑誌ジャーナリズムとノンフィクションの歴史、そして講談社のあり方に大きな影響を与えた作家・本田靖春の志。いま見失われかけている、その神髄とは――。

 

終章 戦後民主主義と講談社ジャーナリズム(3)

ある共通する空気

1年9ヵ月にわたる本連載もいよいよ最終盤である。もうすでに、書きたいことはあらかた書き尽くしたように思う。

ただ、最後に一点、読者の注意を喚起しておきたいことがある。

それは前回も触れたことだが、本田靖春が戦後の講談社の歴史――とりもなおさず雑誌ジャーナリズムとノンフィクションの歴史でもあるのだが――に残した足跡の大きさである。野間省一が礎を築いた講談社ジャーナリズムは本田の登場によって、その性格を確かなものにした。

司馬遼太郎のような国民的作家ならいざ知らず、さして著名でもない作家が大出版社の歩みにそこまで影響を与えるようなことが現実にあり得るのか、と読者は思われるかもしれない。

私だって昔はそんなことを想像もしなかった。しかし、長年『月刊現代』で仕事をするうち、自分が接する編集者たちに共通する空気のようなものがあることがわかった。

それを堅い言葉で表現すると言論の自由を守る気概ということになるのだが、別の言い方をすれば、書き手の自由意思を尊重する精神、あるいは、社の編集方針に沿って書き手をマニピュレイト(操作)しようとしない、ゆるい、心地よい感じということになるのだろうか。

現に、この連載でも私は講談社にとってかなり厳しいことを書いたが、講談社から文句をつけられたことはない。逆に「自由に書いてほしい。でなければ、魚住さんに書いてもらう意味がないのだから」と言われた。これは他の社では考えられないことだろう。

ついでに講談社の編集者たちに共通する特徴をもうひとつあげておけば、それは、他社のエリート編集者に時折見られる驕り(それは、駆け出し時代の私のように立場の弱いフリーライターを見下す態度にあらわれた)がほとんどないことである。私は『月刊現代』の編集者たちと話をするとき、昔からの仲間と肝胆相照らすような気安さを感じた。