母島 Photo by Getty Images

小笠原の「未踏の地」は、激レア「カタツムリ」だらけの天国だった

誰一人寄せ付けない秘境を、完全制覇
世界遺産にも登録された小笠原諸島。ついつい海ばかりに目を向けがちですが、実は固有種のカタツムリが100種もいる「カタツムリの天国」なのです。

今回は、大好評『進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語』から、カタツムリ研究者として名高い千葉聡さんが現地調査のため小笠原諸島の母島に赴いた時のエピソードをご紹介。
服の上から肉を切る葉っぱを持つタコノキに囲まれ、「到達不可能」と目される奥地に棲息するカタツムリとは──。

タフガイ博士・アンガス来たる

そのスコットランド出身の若き博士が成田空港に降り立ったのは、2001年のことだった。日本に住んで小笠原の生物を研究するためである。

博士の名は、アンガス・デビソン。英国の名門インペリアル・カレッジ・ロンドンを卒業後、エディンバラ大学で学位を取得、ノッティンガム大学のポスドクを経て、はるばる日本にやってきたのだ。私は空港の到着ロビーでネームボードを抱え、彼の到着を待っていた。

エディンバラ大学 Photo by iStock

アンガス──いつもの習慣に従って、ここでも彼をそう呼ぶことにする──に会うのは、これが初めてだった。履歴書の取り澄ました写真と華やかな経歴、それに由緒ある家柄の出身だというので、少し華奢でお洒落な英国貴族風の紳士が現れるのだろうと期待した。

きっと『ファンタスティック・ビースト』シリーズで、魔法動物学者を演じた英国映画界の貴公子、エディ・レッドメインみたいな学者系男子に違いない、と。

だが私の前に現れたのは、それとは似ても似つかぬミリタリールックのコワモテ系。トム・クルーズ──肉体派ハードアクションの貴公子──の如きタフガイであった。

トム・クルーズ Photo by Getty Images

その1年ほど前、私のかつての留学先──ノッティンガム大学のブライアン・クラーク博士から、遺伝学が専門のポスドクを、ひとり受け入れられないか? と打診を受けた。

私はちょうど東北大学に着任し、新しく研究室を立ち上げた直後で、研究活動の即戦力となる人材を求めていた。ちなみにクラーク博士は、生物学で世界最高レベルの賞とされるダーウィン・メダルの受賞者である。

メンバーが足りず四苦八苦している新造サッカーチームに、英プレミアリーグ・マンチェスターシティを率いる名将グアルディオラ監督から、ひとり選手を紹介しよう、ともちかけられたようなもので、打診を断るはずがなかった。

 

小笠原のカタマイマイで進化を研究するのが、そのポスドクの希望だという。渡りに船とはこのことだ。本人とは、主に研究計画についてメールを数度交わしただけで、どんな人物か気に留めることもなく話はさっさと進み、かくしてそのポスドク──アンガスが、私の研究室の一員となったのであった。

まさかのハードボイルド

それはちょうど、粋で洒落た文芸作品と信じていた映画が、硝煙と爆風と猛スピードのアクションシーンで始まったようなものだった。

私はひどく息を切らし、樹木が密生した急斜面をやっとの思いでよじ登っていた。目の前にタコノキが無数の長い気根を蛸の足のように出して立ち上がっている。