母ではなく父のようになりたかった理由

小学生のときの養う宣言は実現しなかったものの、大学に入り就職を意識し始めた私は、将来のことを父に相談していた。自分で稼ぐ必要性を感じていたため、相談するなら専業主婦の母ではなく稼いでいる父、と決めていたからだ。

将来は経済的に自立して、子供ができても働き続けたいと思っていた私に、父は資格を取ることを勧めてきた。どうせ取るなら女性でも男性と対等に働けるような、一目を置かれる資格がいいという父のアドバイスのもと、私は会計士を志した。

会計士になると決めてからの大学生活は、試験勉強一色だった。大学2年生の終わりには当時所属していた体育会硬式テニス部を辞め、卒業単位もほぼ取り終え、会計士試験にのみ集中できる環境を作った。結果、勉強しすぎて肩を脱臼するというアクシデントに見舞われたものの、大学4年生の11月に公認会計士試験に無事合格。

肩が脱臼するほど勉強!(写真は井口さんではありません)Photo by iStock

合格を一番喜んでいたのは母だった。喜んでいたというか、安堵したという表現の方が正確かもしれない。きっと勉強しすぎて肩を脱臼するような娘が、落ちてもう一年勉強しようものならどうなってしまうんだろう、と心配していたのだろう。

子どもがいても毎日深夜仕事の女性上司

2010年4月、新卒で監査法人に就職した。今となっては笑い話だが、入所初日から終電帰りだった。2年目からはクライアントの近くに引っ越し、終電関係なく働く日々を過ごした。

男性が8割の職場で働き、色々な経験をしたが、男女差別を受けた思い出はほとんどない。むしろもう少し女性扱いをしてほしいと思ったことはあった。

20代はがむしゃらに働くと決めていた私にとって、長時間労働自体は苦ではなかった。ただ、今でも思い出深いのは、私が深夜まで残業していたときに、女性の上司が同じようにオフィスに残っていたことだ。

「いぐちゃん、電車まだあるの?」

3時過ぎにそんな質問をしてきた上司に耳を疑ったが、もうこの人は監査法人に染まり過ぎて普通の感覚がないんだろうと思い、「大丈夫です」と答え、いつも通りタクシーで帰宅した。

その上司には中学生のお子さんがいた事業部で2人しかいない女性管理職の一人だった。専業主婦の母に育てられた私には、母親が朝方まで仕事で帰ってこないということが想像できなかった。その後、人事面談で「この人みたいになりたいと思う先輩はいますか?」と聞かれ、ふとその上司のことを思い出し、「いないです」と答えた私は、転職を決意した。