韓国・日本の10代が使ってる「日韓ミックス言語」を知ってますか

「チンチャそれな」「やばいンデ」?
稲川 右樹 プロフィール

この20年の激変

この現象から読み取れる最大の変化は、日本における「韓国語という言語の大衆化」である。そもそも言語は、話し手と聞き手の双方間において、語彙や文法知識の相互理解がなされて初めて言語として機能する。つまり、「チンチャそれな」や「やばいンデ」が受け入れられるためには、韓国語の「チンチャ」や「〜ンデ」を理解している集団が、ある一定以上の数に達している必要があるということだ。

20世紀以前、一般の日本人が韓国語について持ちうる知識は非常に限定的なものだった。「キムチ」や「クッパ」など食べ物についての貧弱な語彙がせいぜいであり、韓国語がどのような響きを持った言語なのかすら知らない人が少なくなかった。私のパートナーは1990年代後半に留学生として韓国から日本にやってきたが「韓国から来た」と言うと「你好(ニーハオ)」と挨拶されたことが何度もあるという。

20年ほど前まではハングルも馴染みが薄かった〔PHOTO〕iStock
 

今でこそ「アンニョンハセヨ」「サランヘヨ」「ケンチャナヨ」「マシッソヨ」などは(韓国語を習ったことがなくても)誰もが知っているフレーズだが、つい20年ほど前までは韓国語は日本人にとって全く馴染みのない、そして少なからず不可解な、謎の言語だったのである。

そのような状況は2000年代初頭の「冬のソナタ」に始まる韓流ブームによって一変する。朝鮮半島の言葉といえば、北朝鮮の鬼気迫るニュース音声ぐらいしか耳にしたことがなかった日本人が、ドラマによって、映画によって、アイドルのインタビューによって、「普通の韓国人が話す普通の韓国語」に日常的に触れるようになった。

そして韓流は20年弱の時を経て、「ブーム」という枠を超え一つの「文化」として日本社会の中に定着した感がある。現在私が大学で接しているのは、列島中を冬ソナ旋風が吹き荒れていた頃は2〜3歳にすぎなかった学生たちだ。BTSやTWICEに夢中な現在の中高生は、その頃まだ生まれてすらいなかった。彼らはまさに身の回りに韓国語コンテンツが当たり前に存在する環境で生まれ育った「韓流ネイティブ」なのである。