槇原敬之さん逮捕で露呈…劣化する「マスコミの罪」

「ダメ。ゼッタイ」ではダメ!
田中 紀子 プロフィール

印象論が誤解や偏見を広めている

今回の逮捕でもさっそくNHKが、街頭録音(街録)や近所の人のインタビューを行っていたが、あれには一体どんな意味があるのだろうか? NHKはどんな主旨であのような行為を繰り返すのか?

一般の人に意見を聞けば「残念だ」「薬物は止められない」「良い曲を作るのに」と答えは決まっているし、近所の人からはたいていの場合「挨拶を返してくれる良い人でした」「礼儀正しい人でした」といった答えが返ってくる。

しかし薬物依存症は、薬物のコントロールが効かなくなるという脳の機能不全が起こる病気であり、人格や才能とは無関係である。薬物をやったからといって決して極悪人なわけでも、人格や性格が悪いわけではない。

むしろこういった薬物依存症に知識のない人たちによる薬物問題への印象を語ってもらうことで、ますます誤解や偏見を広めている。

 

一般人のコメントをとるくらいなら、専門家や回復者のコメントをとるほうがよほど重要かつ有意義であるが、なぜそれをやらないのか? 実は、今のメディア(特に地上波)には、そういった瞬発力が発揮できないのである。

地上波(最近ではネットメディアでも地上波並みに劣化してしまったところも多いが)は、これまで薬物問題に対して、支援者や当事者、家族が薬物問題を減らそうと努力していることを平気で踏みにじってきた。

バッシングはますます困っている人を孤立させ支援につながれないこと、「一発アウト」などといって排除していけば再犯するしかなくなること、薬物依存は病気であり意志や根性ではやめられないこと、私たちはこうしたことを繰り返し訴えてきたが、影響力の大きい地上波は、薬物事犯に対して徹底的にバッシングし、社会から排除し、病気を精神論にすり替えてきた。

コメントを出しても取材に協力しても、無知なコメンテーターが真っ向から否定して番組は終了となる。「バッシングこそが正義だ!」とばかりに批難を声高に叫び、自分たちの悪影響は棚に上げ、回復者の再起を「悪影響だ!」と妨げてきたため、真摯に薬物問題にかかわってきた支援者や当事者ほど、二度と地上波には協力したくないという人が多い。

だからこそ専門家らとつながるのに時間がかかってしまい、何も知らない人の街録を意味もなく流し、その悪影響すら思い至らず、惰性で前例を踏襲している劣化報道しか出せないのである。

私も、芸能人の事件が起こるたびに、「松本先生らに取り次いでほしい」というメディアからの依頼を受けるが、大抵の場合お断りすることになる。