ドイツ政局に大嵐を巻き起こした「前代未聞の珍選挙」その顛末

カギを握るのはやはりあの「極右政党」
川口 マーン 惠美 プロフィール

チューリンゲン州でいったい何が

では、まず、引き金になったチューリンゲン州で何が起こったかということから説明したい。

同州では、昨年10月末の州議会選挙の結果、左派党が最多票を獲得(31.0%)し、AfD(ドイツのための選択肢)が2位(23.4%)。そして、1990年の東西ドイツの統一以来、ずっと第1党だったCDUが21.8%で3位に転落し、SPD(社民党)は4位で8.2%という壊滅状態だった。その他、緑とFDP(自民党)がそれぞれ5%。緑の党は、西では日の出の勢いだが、東ではすこぶる弱いという特徴がある。

 

さて、ここで問題だったのは、第1党になった左派党というのが、旧東独の独裁政党SED(ドイツ社会主義統一党)の流れを汲む、要するに「極左」とみなされている党であること。一方、第2党のAfDは、他のすべての政党と主要メディアから「極右」として糾弾されている党だ。つまり、チューリンゲン州議会は、極左と極右に過半数を占められてしまったということになる。

さらに、言っておかなければならないことがある。実はチューリンゲン州は、過去5年間、左派党が政権を握っていた特殊な州だった。2014年の選挙のあと、第1党だったCDUを差し置いて、2位の左派党が、3位のSPD、5位の緑の党と三党連立を組み、左派党のボド・ラメロウ氏を州首相として、ドイツ初の左派党の州政権を成立させた。

当時は、極左政権としてスキャンダルのように叩かれたが、その後の5年間、チューリンゲン州は経済的にも発展し、何より州民がラメロウ氏のファンになった。昨年の選挙前のアンケートでは、左派党の支持者だけでなく、州民の7割がラメロウ氏に「満足」と答えていたから、左派党が第1党に躍進したのは、決して偶然ではなかった。州民は、左派党に投票したのではなく、ラメロウ氏に投票したのかもしれない。

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そんなわけで、今後5年も、この政権がそのまま継続するだろうと思われていたのだが、選挙結果は、前述の通り、左派党の好調とは裏腹に、SPDが瓦解し、これまで通りの三党連立では過半数が取れなくなってしまった。これがそもそもの混乱の始まりだった。

しかも、中道を自認するCDUとFDPは、極右のAfD、極左の左派党と連立を組むことを断固拒絶。SPDと緑の党は、左派党とは組むが、AfDは拒絶。

そのため、結局、誰がどのように連立しようとも、それどころか、無理やりの4党連立(CDU, SPD, FDP,緑)にしても、過半数が取れないという状態になった。当然、連立工作は行き詰まった。