photo by iStock
# Google # シリコンヴァレー # Facebook

シリコンバレーが世界トップのベンチャー企業を生み続ける「秘密」

なぜ、自動運転車が生まれたのか?

日本とシリコンバレーはどこが違うのだろう

日本はベンチャーの立ち上げがブームとなり、大企業とのタイアップも加速している。中でも大学発のベンチャーには大きな関心が寄せられ、東大、京大、東北大、九州大などでいち早く支援がスタート。最近ではAIスタートアップと東大を中心とした本郷エリアの活性化を進める「HONGO AI」のような活動も始まっている。

「東京大学を中心とした本郷界隈でスタートアップは増えてきているが、こんなもんじゃない。世界的にはシリコンバレーや深圳がスタートアップの聖地。このほか最近ではロンドンやトロント、イスラエル、ベルリンなども頭角を現しています。本郷をシリコンバレーのような世界に通用するブランドにしなければならないと思っています」(東京大学大学院・松尾豊教授)

こうした新しい動きが、日本の産業の新陳代謝につながっていくのだろうか。それを見極めるためには、ベンチャービジネスの聖地「シリコンバレー」を検証してみる必要があるだろう。

 

シリコンバレーとはカリフォルニアのサンフランシスコベイエリアの南部に位置するサンノゼ、マウンテンビュー、サンタクララなどサンタクララバレーの別称。

中央カリフォルニアの企業家ラルフ・ヴァーストが1970年に「シリコンバレー」という言葉を思いつき、その友人、ドン・ホフラーが1971年1月11日に創刊した週刊新聞「エコノミック・ニューズ」でこの言葉を使ったのがきっかけだといわれている。

フェースブックの共同創業者でスピンアウトしたAsanaのCEO、ダスティン・モスコヴィッツ氏はシリコンバレーの魅力について次のように語る。

「今はシリコンバレーに限らず成功するベンチャーの数は増えているとは思います。しかし確かに過去20年を見ると、シリコンバレーには、ベンチャーを起業することのできる才能、いろいろなネットワーク、そして資本が集まっていた。また現状を打開しようとする文化、チャレンジをする文化があった」

ではなぜシリコンバレーは人、モノ、金を集めることができたのか。その秘密を解明するため、筆者は一路、シリコンバレーに飛んだ。

photo by iStock

最初に向かったのはサンノゼにあるテック博物館。青い半球状の建物をオレンジ色の外壁が囲むテック博物館はサンノゼのランドマーク。インタラクティブ(双方性)サイエンス、テクノロジーやその歴史を体験型アトラクションなどを通して子供たちに優しく伝え、2015年には優良博物館に選ばれたこともある。

ここで広報の「テック博物館」のメディアコミュニティ部長のジェフ・ガイア氏はシリコンバレーでベンチャーが成長してきた理由について次のように語る。

「それには特別な理由があります。世界中から新しいアイデアを持った人たちが集まった。そして、シリコンバレーの人々は楽観的なのです。失敗を選ぶことさえある。”クレージー”と思われるようなことさえするのです」

こんな話を聞いたときにふと頭に浮かんだのは、シリコンバレーでベンチャーを手掛けていたテラドローン社長の徳重徹氏。彼は、「シリコンバレーで“クレージー”と呼ばれることは名誉なことだ」と語っていた。“クレージー”とは、だれも実現できなかった不可能な課題に対して挑戦するもののことだからだ。

徳重氏は“クレージー”な経営者になろうと、いち早くドローンに目を付け日本で成功している。そんなシリコンバレーのメンタリティーが生まれてきたのはカリフォルニアゴールドラッシュと無関係ではないだろう。

シリコンバレーはもともと農業がさかんだったが、1840年ごろにサクラメントでカリフォルニアゴールドラッシュが起こり、一攫千金を狙ったつわものが殺到。ここにベンチャースピリッツの根が生まれた。