慰謝料なしで離婚

とはいえ、元夫も志帆さんも「離婚する」という点で意見は一致していた。「事件」から約1年後、二人は離婚届を出した。賃貸だった家は引き払い、志帆さんは2歳になったばかりの子どもを連れ、都内でも家賃の安い場所に部屋を借りた。

「いま思えば、貯金もほんのわずか。定期的な仕事も決まっていない状態で、よく離婚したな、って(笑)。幸い、引っ越した翌日、前の会社の同僚から『仕事再開するなら手伝って』って電話がかかってきて、ある程度目処がついたからよかったんですけど」

離婚にあたって「ない人からは取れない」から、慰謝料はなし。養育費は月々3万と決めたが、「養育費を払っている人が20%くらいだという実情を知っていたから」あまり期待しなかった。実際、1年間しか払われなかった。志帆さんは死ぬほど働き、子どもを養った。

「仕事は選ばずどんどん引き受け、ライター業に加えてアパレルショップでバイトも掛け持ち。数年後には、シングルマザーの平均年収の3倍以上に到達しました。息子を私立高校へもやれています」

子どもとの面会交流については、いつでも好きなときに会ってやってほしいと頼んだ。養育費が途絶えても、その姿勢は変えなかった。子どもを愛してくれる人は、一人でも多い方がいい

「幼いときに親が離婚をしたら、どこか陰がある子になってしまうかもしれない、私の大事な息子がそんなふうになるなんて耐えられない! そのために、死ぬ気で円満な離婚にしてやるぞ、と」

だから、子どもの前でもこだわりなく父親の話題を出した。「パパ、いまごろ何してるんだろうねえ」。言葉が通じるようになってからは、「離婚はしたけどパパはパパだよ」と繰り返し伝えた。心の中で「死ね!」と思う日があっても、顔には出さなかった。

その甲斐あって、子どもは父親が大好きな子に成長した。高校生になったいまも、年に何度か会い、欲しい釣り道具やスニーカーがあると、父親に「買って」と気軽に連絡している。志帆さんは「わ、あんたなかなか図々しいねえ(笑)」と笑いながらも、その天真爛漫さがうれしい。

「いまのところ、息子には陰の『か』の字も見当たりません(笑)」

ちなみに元夫は件の彼女と再婚し、子どもができた後にまた離婚。元夫自身が大人になり切れていない子どもだから、子どもが生まれて妻の関心がそちらに移ってしまうのが耐えられないのかもしれない。いまは3回目の結婚をしている。その妻との間に子どもはいないらしい。

「最低のクズ男でしょ(笑)。でも、相変わらず仲は円満です。年末にはいまの奥さんも一緒に元夫、息子、私の4人で飲みに行ったりもしたんですよー」

養育費を払わない段階で、本当に「最低のクズ男」だ。こうしてシングルマザーの貧困家庭が増えていることを考えても、養育費をきちんと払わせる仕組みづくりは早急に必要なことだろう。子どもは「夫婦」で育てるものなのだから。

とはいえ、志帆さんの胆力の強さには、恐れ入るばかりだ。もう惚れずにはいられない。

再婚した元夫夫婦と、息子と4人でご飯を食べに行くことができる。そういう関係を保った離婚は、志帆さんの自立心と許しがあってのものだ。ただし、志帆さんがとんでもない頑張りをしたからこその「許し」であり、本来は養育費の未払いが多くの貧困シングルマザーを産んでいる現実も忘れてはならない。養育費問題は、貧困に苦しむ家庭の大きな元凶でもあるのだ。子どもを産み育てることが「夫婦二人の問題」であることの徹底も今後大切になる Photo by iStock