今の日本、寅さんだったらどう思うか…日本人が怒らなくなった理由

平成時代の「暗黙のルール」
菊池 正史 プロフィール

なぜ日本人は怒らなくなったのか?

人々が怒らない理由は何なのか。まず、国民レベルで戦争の教訓がほぼ失われつつあることだと私は思う。歴史的なファクトとしては誰もが知っている。しかし、「権力は失敗することがある」という、300万以上の国民の命を犠牲にして得た教訓が忘失されているのだ。

「あれは止むに止まれぬ自衛戦争だった」だの、「背景には中国の挑発、共産主義者の陰謀があった」だのと先の大戦を正当化する意見も広がってきた。しかし、安倍が常々「政治は結果」と言うように、300万以上の国民を犠牲にしたという経緯と結果について、私は「権力の失敗」という評価以外に見出すことができない

 

もちろん、戦争に熱狂し、軍部を中心とした当時の権力機構を支えた国民も多々いただろう。しかし、甚大なる国民の犠牲という結果に鑑みて、その熱狂に乗じたこと自体が「失敗」だったのだ。そして、その失敗が想定外だったなら、当時の権力者は「愚か」であり、想定内だったら「悪」である。

この「権力の失敗」に戦後の人々は敏感だったということだ。だからこそ、大局的には政治権力に対し、日常的には所属組織の小さな権力に対しても、過剰なまでに反応し、警戒し、抵抗した。

今、芽吹いている、政治や行政の嘘やごまかし、公文書の改ざん、官僚の暴走、議論の形骸化などの問題は、かつて戦禍を拡大させた「腐敗の構造」であり、軍国主義に巣食っていた「失敗の本質」そのものではないか。この戦争の教訓を忘れ、学ばず、権力に対する感性が「鈍化」すればするほど、人は怒らなくなる。

「やっている感」を出すのが上手い安倍政権

また安倍の政治が「やっている感」の演出に長けていることは、以前から指摘する人が多い。拉致問題については「必ず安倍内閣で解決する」と意気込みを語り、北方領土についても「必ず終止符を打つ」、憲法改正も「私の手で成し遂げる」と断言する。

これまで目に見える進展はないが、この「やっている感」が、人々の「引き延ばされた期待感」となって長期政権を支えている。結果が見えなくても、努力していると言われれば強く批判することもできない。