さらば「陸の王者」! 元国鉄マンの大学教授が鉄道に引導を渡す理由

心折れる満員電車に終止符を――!
AGU RESEARCH プロフィール

「鉄道が普及した段階で自動車が出現したため、今日の鉄道の使命は陸上交通のすべてを担当することではなくて、自動車よりもコストの安い輸送、あるいは鉄道の方が自動車よりもはるかにすぐれたサービスを提供できる輸送に限定される。鉄道路線をこの範囲に限定することによって、かえって鉄道の輸送内容を充実し、国民生活に役立たせることができるのである。過去の古い鉄道への執着はこの際一掃されねばならない」

 

今こそ、鉄道経営者には、非情な「選択と集中」が求められているのです。

「BRT」という選択肢も

前章で「選択と集中」の必要性について述べましたが、私は「コスト割れの路線はすべて廃止せよ」などというつもりはありません。たとえば、中高生の通学輸送など、税金を投入してでも輸送サービスを提供しなければならないケースがあることは言うまでもありません。

従来、赤字ローカル線をバスに転換しようという議論において、常に問題点として指摘されてきたのが、「スピード」と「時間の正確さ」でした。この問題点を解消できる有望なアイデアがBRT(バス・ラピッド・トランジット=バス高速輸送機関)です。

BRTとは、専用の道路やレーンを走行するバス交通システムのこと。バスの柔軟性と都市鉄道の利便性を兼ね備え、建設コストも安価というメリットがあるため、世界各地で実用化されているシステムです。

BRT Photo by iStock

日本ではJR東日本が、東日本大震災で津波被害を受けた気仙沼線などの復旧の代替案として導入しているので、ご存知の方も多いでしょう。

線路跡をバス専用道として使うため、渋滞知らずで、高い定時運行性と高速性が確保できます。もちろん専用道を外れて一般道を走行することもできるので、学校や病院など、利用者の多い地点まで乗り入れることも可能です。

このように、従来と同様、またはそれ以上のサービスを低コストで提供できるのであれば、鉄道にこだわる理由はないし、こだわるべきでもありません。今後は被災地に限らず、その他の低利用路線(輸送密度1日2000人未満)も通常のバス輸送あるいはBRTに転換することを第一に考えるべき。これこそが21世紀型地域交通再生の望ましい姿だと考えます。

鉄道に「静かな余生」を

世の中には、公共性の観点から必要とされるさまざまな要求があります。一方、私たちが利用できる人的物的資源には限りがあります。どの要求を優先するか、またその要求をいかに実現するかは、たいへん難しい問題です。

しかし、私たちは「効率性」から逃れることはできないのです。

効率を無視したからといって、この“冷酷な美女”は私たちを放っておいてはくれません。「非効率による生活水準低下」というかたちでの復讐が待っているだけなのです。

鉄道は、一度線路を引いてしまうと変更が困難で、線路幅を変えることさえ容易ではありません。要するに柔軟性に欠けます。それに対して、自動車や飛行機の機材・ルート変更ははるかに容易で、需要変動に対し高い対応能力を持っています。

さらに、鉄道は自動車や飛行機に比べ、維持管理に莫大なコストがかかります。発展途上国でも自動車と飛行機利用は普及しています。しかし鉄道は維持管理が大変なため、日本からの技術協力で作られたものを含め、途上国では設備の状態が悪化し、本来の機能を十分果たせていないケースが多いのです。

今後の旅客輸送は、「自動車と飛行機でカバーできないところのみ鉄道が分担する」というのが基本であるべきです。税金を投入してでも旅客輸送サービスを提供しなければならない場合、それは「輸送すること」に公共性があるのであって、特定の輸送手段に公共性があるわけではありません。

鉄道復権のまぼろしに惑わされて過大な期待をかけるのではなく、かつての「陸の王者」に敬意を表し、すき間産業となった鉄道を“公共性の呪縛”から解放して、静かな余生を送らせるときが来ているのではないでしょうか。

福井 義高(フクイ ヨシタカ)
1962年生まれ。東京大学法学部卒。カーネギーメロン大学Ph.D.、米国CFA。日本国有鉄道、東日本旅客鉄道株式会社、東北大学助教授(大学院経済学研究科)を経て、青山学院大学教授(大学院国際マネジメント研究科)。専門分野は会計情報・制度の経済分析。主な著書に、『会計測定の再評価』『鉄道は生き残れるか』『日本人が知らない最先端の「世界史」』『同2』

〈「AGU RESEARCH」より作成 元になった記事はこちら 輸送量などのデータは初出時のまま〉