2月13日 御木本幸吉が真円真珠養殖法の特許取得(1908年)

科学 今日はこんな日

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1908年のこの日、世界で初めて真珠の養殖に成功し「真珠王」とたたえられた御木本幸吉(みきもと・こうきち、1858年-1954年)が、真円真珠養殖の根幹となる「真珠素質被着法」の特許を取得しました。

御木本幸吉 Photo by Getty Images

伊勢うどんの店の息子として三重県に生まれた御木本は、傾きかけていた家計を支えるために行商の道を選びました。その後利益が多い海産物商人へとくら替えした彼は、真珠が採れるアコヤ貝の養殖に目をつけました。

 

伊勢・志摩サミットの開催地・賢島を擁する神明浦(しめのうら)を舞台に御木本は真珠の養殖実験をスタートしますが、赤潮により貝が全滅してしまうなど難航します。それでもあきらめなかった彼は、3年間の苦心の末、1893年に半円真珠の養殖に成功しました。この養殖法の特許は1896年に取得しています。

さらに10年以上の研究を重ねた御木本は、1905年に完全な球体をもった真円真珠の養殖に成功。この特許も冒頭に述べたとおり3年後に取得し、現在の宝飾品大手「ミキモト」の礎を築くことになります。

ミキモト真珠島三重県鳥羽市にある「ミキモト真珠島」。御木本幸吉が最初に真珠養殖に成功した地でもある Photo by PhotoAC

その後、半円真珠や真円真珠に関する特許は独自のものではないと主張する同業者たちによって裁判を起こされたものの、危なげなく勝訴。後顧の憂いを断った御木本は、銀座、ニューヨーク、ロンドンといった世界の一等地に真珠店を構え、自らの名声を高めました。

なお、御木本の真珠養殖法開発は意外な場所にも影響を与えました。100年以上前の中東の主要産業は、意外なことに天然真珠の採取。しかし養殖真珠の登場で産業が急速に廃れたことにより、中東諸国は油田の採掘へと舵を切り、石油立国に変身することとなるのです。