ご存じですか、日本のマンションを廃墟に追い込む「共有地の悲劇」

「性善説」の管理組合はもうもたない
大原 浩 プロフィール

管理組合は村の寄り合い

マンションの管理組合が、色々と問題を抱えてきたとは言え、まがりなりにも機能してきたことの方が不思議である。

マンション管理組合の理事長(または理事)の成り手がなかなか見つからないとはよく言われることだが、それも当然である。色々と責任を負わされ、時間も取られるのに、無給または雀の涙ほどの報酬しか出ないのであれば、ばかばかしい限りである。

しかし、それでもなんとか理事長の成り手を見つけてくることができたのは、日本人の公徳心の高さの他に、「地域コミュニュティー」の助けが大きかった。

地方の村々ほどではないにしても、マンションというのは1つのコミュニティであり、それを守ろうとする人々の総意が、管理組合という仕組みをなんとか維持してきたといえる。

 

日本での民間分譲マンションの第1号とされる「四谷コーポラス」(東京都新宿区)は、1956年に竣工した。その後の1962年に民法の特別法として区分所有法が施行され、現在の管理組合の形態が形成されていったのだが、当時は、村の寄り合いや町内会が全国的に健在であった。

そのため、マンション管理組合においても、村の寄り合いや町内会のようなものがイメージされたはずだ。もちろん、寄り合いや町内会は、極めて優れた自治組織であり、日本の民主主義の発展のためにも存続することが望ましい。

しかしながら、マンション立地が集中する都市部では、このような自治組織を維持するのが困難になってきている。寄り合いや町内会は、居住者が一定期間その場所に居住し相互の信頼を深めることが大前提であるから、人口移動の激しい都市部には向かない仕組みである。

言ってみれば、マイカーならぬ「おらが村」、「おらが街」意識が基本であり、レンタカーならぬ「レンタル街(町・村)」意識の人々をまとめることは難しい。

もちろん、都会の人口移動の激しさそのものが、経済・社会のダイナミズムを生み出しているのであるから、決して否定すべきではなく、そのこと自体はむしろ積極的に推進すべきである。