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どんな権力者でも「いつかは消える」から人類社会は発展した

進化とセットになった死を受け入れよ

権力者たちは不老・不死を求めてきた

古代から多くの人々、特に権力者たちは、「永遠の命」を求めて莫大な財産とエネルギーを費やした。

もっとも有名なのは、秦の始皇帝であろう。『史記』巻百十八「淮南衡山列伝」において次のように述べられている。

まず、徐福が「東方の三神山に長生不老の霊薬がある」と申し出る。すると、始皇帝は大喜びし、徐福は3000人の若い男女と多くの技術者を従え、財宝と財産、五穀の種を持って東方に船出した。しかし、三神山には到らず、「平原広沢(広い平野と湿地)」を得て王となり、秦には戻らなかった。

徐福がたどり着いたとされる場所は、和歌山県新宮市など日本全国にあり、この「伝説」の真偽は人々の関心を常に集めている。

 

それ以外にも、始皇帝は学者たちに「不老不死の薬」をつくらせたが、ほとんどの場合その成分に水銀が含まれており、そのせいでかえって健康を害したといわれる(極端に猜疑心が強く妄想癖があったのは、その副作用とも思われる)。

現代では、水銀の毒性が明らかになっているが、古代中国では「金属なのに液体」であるという不思議な性質を持つ水銀は「秘薬」として頻繁に使われ、中国留学でその知識を得た弘法大師(空海)も、日本全国の水銀を求めて歩き、自身も水銀中毒で亡くなったという話も伝わっている。