米中覇権争いの中、イギリスが「大胆な外交戦略」を描く理由

ブレグジット後、一体どうなるのか?
笠原 敏彦 プロフィール

しかし、こと中国へのアプローチに関しては、アメリカとイギリスには歴史的にみて大きな隔たりある。

例えば、19世紀中盤にアヘン戦争を仕掛けて中国での優位を確保したイギリスに対し、出遅れたアメリカは列強に対し「門戸開放」を迫った。

第二次大戦後は、「二つの中国」をめぐり、アメリカが台湾を承認(日本は追随)したのに対し、イギリスは1950年に西側諸国として最初に共産主義・中国を国家承認している。

アメリカは1979年に中国とようやく国交を樹立する。国連総会が1971年に中国に代表権を認め、台湾を追放した後だった経緯を振り返るなら、イギリスの判断の方に先見の明があったと言えるのかもしれない。

 

近年では、イギリスは2015年にアメリカの反対を押し切って中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を表明。それまでアメリカの顔色を窺っていた仏独、オーストラリア、韓国などが堰を切ったように追随したことが記憶に新しい(日本は今も不参加)。

当時のオズボーン英財務相は「(イギリスは)中国の西側でのベストパートナーになる」と打ち上げ、中国の習近平国家主席は国賓として訪英した際、両国関係を「グローバルな包括的・戦略的パートナーシップ」と呼んでみせた。

ここで思い出されるのが19世紀中盤のパーマストン英首相の次の言葉である。

「イギリスには、永遠の友もなければ永遠の敵もない。あるのは永遠の国益のみである」