「まさに通訳泣かせ」小泉純一郎元総理の「名言」と驚きのアドリブ力

総理通訳が語る外国語習得のコツ
中川 浩一 プロフィール

イスラム世界では、神アッラーがすべてを決める

このように、結果的に総理大臣の通訳を務めることができましたが、そこに至る道は並大抵ではありませんでした。外務省では、新入省員は専門語学を割り当てられるのですが、私はそのとき、全く希望していなかったアラビア語を命じられたのです。

外務省に入省(1994年)後、1995年から3年間、エジプトでアラビア語の語学研修を行いましたが、留学経験なし、帰国子女でもない私にとっては初めての海外での生活。そこで見たイスラム世界は、日本とはまるで違う異質な世界でした。

イスラムの礼拝(photo by iStock)

特に、日本人の価値観と違うのが、すべての出来事は、人間ではなく、神アッラーの思し召しで決定される(アラビア語で「インシャーアッラー」と言います)ということでした。

たとえば、アラブ人と「明日、午後3時に会いましょう」と言っても、アラブ人は自分の意思では決められず、神アッラーが決めるので「インシャーアッラー」と言うのです。決して、自分の意思で「はい」とは言いません。約束事の全部の言葉に「インシャーアッラー」が付いてくるので、何を信じていいのかわからなくなりました。

 

特に驚いたのが、この「インシャーアッラー」がタクシーの中でも使われることでした。日本ではタクシーに乗ったら、施設名や住所を言えば、運転手にいちいち右に曲がれ、左に曲がれと指示する必要はほとんどありませんが、エジプトでは、当時はナビもなかったので、住所を言ってもなかなか目的地にたどり着けず、結局乗客が運転手にいちいち右、左と指示することが多かったのです。

しかし、アラブ人運転手は、明日会う約束はまだしも、右に曲がるか否かも「インシャーアッラー」と言うのです。加えて私のアラビア語力のなさから、私はよく行き先を言い間違えました。たとえば、アラビア語で左は「シマール」、北は「シャマール」というのですが、非常に似ているので、最初の頃はよく言い間違えて、「左」のつもりが「北」の方に連れていかれることもしばしばでした。エジプトのタクシーの中でのやりとりは、私にとってほろ苦い思い出です。

多くの英語学習本が役に立たない理由

このたび、私が書いた『総理通訳の外国語勉強法』は、留学経験なし、帰国子女でもない私が、24歳から世界最難関といわれるアラビア語を始め、最終的には天皇通訳、総理通訳まで務めるようになった軌跡と、苦難の道のりのなかで編み出した勉強法を包み隠さず記したものです。

この本を書くにあたり、私は、自分のこれまでのアラビア語習得の経験、ノウハウを棚卸しすると同時に、英語を始めとする全語学に通用する内容にするため、まずは日本の英語学習本がどのような内容なのかを徹底的に調べました

そこで分かったのは、日本の英語学習本は、英語を仕事として長く使ってきた人か、もともとできる人(英語教師、同時通訳者、帰国子女など)が書いたものか、あるいは失礼かもしれませんが、たいしてできない人が小手先の技術を述べただけのもの(英語は3単語でOKなど)がほとんどでした。

私は、これでは、英語を本当にやり直したい、自由に話せるようになりたいと思っている人が、苦労を重ねるだけで、いつまでもできるようにはならないと思いました。

英語に子供の頃から親しんでマスターした人は、「ネイティブ脳」があるので「ネイティブ脳」を勧めます。あるいは、とんでもない苦労をして「ネイティブ脳」を獲得したごく一部の上級者も、自分の辿ってきた道をできない人に真似させようとします。しかし、ある程度の年齢になってからでは、ほとんどの人にとってその方法は無理です。「名選手、名監督にあらず」といったところでしょうか。

一方で、たいしてできない人は、上級者への道をはなから諦め、日本語英語で問題ない、中学英語で十分、発音は重要じゃない、英語はツールでしかない、と、ことさら主張します。けれども、読者の多くは、ちょっと話せれば満足とは思っていません。小手先でなく自由に、そして最終的にはネイティブのように話したいと思っているはずです。