ウイルスの増殖を抑える「プロテアーゼ阻害薬」とはなにか?

新型コロナウイルスには効くのか!?
平山 令明 プロフィール

鋏にガムテープをはさむように

いろいろ試された中で、アセチルペプスタチンというペプチドが比較的強くこの酵素と結合することが認められた。さっそく、フィッツジェラルド(Paula M. D.Fitzgerald)らはこの分子がどのようにHIVタンパク質分解酵素の働きを妨害するかをX線解析で検討した。

HIVタンパク質分解酵素の働きを妨害するアセチルパプスタチン(緑)

予想されたように、左の空洞の所にこの分子はすっぽりと入っていた。それだけではなかった。この化合物をよりしっかりと捕らえるために、タンパク質の左側の鋏のような部分がきっちりと閉じることが明らかになった。

つまり、このタンパク質分解酵素の活性部位(左側にある空間)は、通常開いている。ちょうど鋏を開いた状態である。切断すべきタンパク質の鎖を活性部位が捕らえると、鋏は閉じて、その鎖を切断する。

普通は、切断した後で、鋏は再び開いて、次のタンパク質を切断する状態になる。しかしアセチルペプスタチンは鋏の間に挟まってしまい、鋏は閉じたままの状態になってしまう。

私たちが荷造り用のガムテープを鋏で切る場合、うっかりすると鋏の刃の間にガムテープが挟まってしまうことがある。ガムテープの粘着力は相当強いので、いったん挟み込むと鋏を開くのは容易なことではない。

アセチルペプスタチンは正にガムテープの糊みたいなものである。つまり、このように閉じた状態を起こせる化学構造を持つ分子を探せば、その分子はこのHIV酵素の働きを妨害できる可能性がある。

分子のジグソーパズルを解く

カリフォルニア大学の研究者たちはこの発想のもとに、この空洞にぴったり収まる分子を、すでに知られている有機分子の中からコンピュータを用いて探索してみた。

 

その際、探索すべき分子の立体構造が分かっていなければ、この空洞に入れるかどうかわからない。X線解析がされた低分子有機化合物の三次元原子座標は研究者間の国際的な了解のもとにイギリスのケンブリッジに集められ、データベースにまとめられている。このデータベースに登録されている10万余り(当時)の分子についてコンピュータを用いてこの作業を行った。

難しそうに聞こえるが、1ピースだけを除いて完成したジグソーパズルの残りの1ピースが、別のセットのジグソーパズルをばらばらにして無造作に入れた箱の中に紛れ込んでしまった状態を考えればよい。

ぴったりはまるピースはあるのか…(photo by iStock)

憂鬱にはなるが、丹念に一つずつ当てはめていけばよい。ジグソーパズルの場合には必ずその1ピースは見つかるはずである。しかし、今の場合、必ずしもぴったりはまる分子が見つかる保証はない。

1990年当時のコンピュータでも、10時間足らずで、この三次元ジグソーパズルの作業をやってのけた。もちろんソフトウェアを上手に使っての話である。もし、一つずつしらみつぶしにこれらの化合物がどのようにHIV酵素を妨害するかを実験的に調べるとしたら、ほとんど絶望的な時間とお金がかかってしまう。コンピュータを使うこの戦術が有効であれば、非常に効率的かつ経済的である。