「大丈夫なの?」と先回りしてきた

話の中で、息子に対して言う言葉に「大丈夫なの?」が多かった。

塾は今のところで大丈夫なの?
滑り止めはそこで大丈夫なの?
第一志望はそこで大丈夫なの?

そのくらいは拙宅でも言う。そう思ったが、やはり過度かなと思うところはあった。例えば、高校生の息子に、筆箱、当日の靴、服装をチェックし、天気や気温を伝える。覚まし時計をかけて自分で起きる「自律起床」もできていない。ほかのことにしても、まず「大丈夫なの?」と尋ねてみるが、「うーん」「ああ、後でやるよ」と反応が鈍いと、瞬く間に女性が準備してしまう。小さい時からずっとそのように世話を焼いていた。

もし、ずっと子どもにアーンをしてあげていたら、その子は自分の手でご飯は食べられないだろう。「それとこれとは違う」と言えるだろうか Photo by iStock

わが子を信じる力が少し弱いなと感じた。

さまざま取材したあと、女性は恐る恐る、という感じで尋ねてきた。
「うちって、過干渉なんですかねえ?」

私は二つの内容を伝えた。
「それぞれ感覚が違うのでわかりませんが、私個人の感覚で言えば、若干過干渉だと思いますよ。自分で考えてやってみて、失敗しないと憶えないし。ほら、今の子どもは自分で問題を解決する能力が低いって言われるでしょ?ただ、旦那様のほうは結構放任みたいだから、バランスが取れているのかもしれませんね」

「ああ、主人はね。そうだ。じゃあ、大丈夫ですね」

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あまりに安心しきったような顔だったので「大丈夫とは言い切れませんよ。就活とか、社会人になって困らないように自立させないと」と思わずお節介を焼いてしまった。女性は「はいはい、そうですね」と笑顔で返事をし、深刻に受け止めていないようだった。

そんなやり取りがあったから、女性は「島沢さんに言われた通りになった」と思ったのだろう。