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ひきこもりが安楽死を望む…「命」を大切にできない日本の悲しき現実

「生きていていい」と思えないこの国

危機に瀕するいのち

昨今の日本を振り返ると、いのちがないがしろにされる出来事が頻繁に起こっていると感じる。2020年冒頭に飛び込んで来たのは、20代の女性が自宅で出産したばかりの赤ん坊を風呂場に放置して殺してしまったという痛ましいニュースだった。詳しい事情はわからないが、妊娠後も一度も診察を受けておらず、病院に行くお金にも事欠いていたという。救えるはずのいのちがまた一つ失われてしまった。

2019年だけでもかけがえのないいのちが失われる出来事が相次いだ。最も衝撃的だったのが、5月末、川崎市で起こった20人殺傷事件である。バス停に並んでいたカリタス学園の小学生とその保護者が犠牲になった。私は同学園の卒業生ということもあり、非常に身近な場所で起こった事件に動揺が抑えられなかった。

川崎市の事件現場〔PHOTO〕Gettyimages

その約2ヶ月後、アニメ製作会社・京都アニメーションのスタジオが放火され、36人が亡くなる凄惨な事件が起きた。ある朝、いつもと変わらずに学校、会社に出かけていった大切な人がそのまま帰らぬ人となるという理不尽。

秋には台風被害が相次いだ。暴風雨が吹き荒れ、テレビからは「いのちを守る行動を」という言葉が頻繁に流れる中、いのちの危機を感じた人も少なくなかったのではないだろうか。

 

台風の最中、いのちの選別と言えるような事態も起こっていた。ホームレスの人々が住民票がないことを理由に避難所に入ることを拒否されたのだ。行政はすぐに謝罪したものの、「税金を払わないのだから当然」「彼らが避難所に来れば自分たちの生が脅かされる」といった意見も多くみられた。

人は「いのち」の危機を身近に感じるようになった時、何を考え、どのような行動に出るのだろう? 紛争地域などとは違い、日本で暮らす私は「いのち」を意識することは多くなかったが、このところの事件の続発にその重みと儚さをあらためて感じさせられたのだった。