2010年代とは何だったのか? 日本からではわからない世界の激変

ポップ・カルチャーに何が起きたのか
柴 那典 プロフィール

上書きされた“スマート”と“ソーシャル”

そしてもう一つ、本書の中では明示的に語られていない、とても重要な前提条件がある。それは「2010年代はスマートフォンとソーシャルメディアの時代だった」ということだ。

アップルが初代iPhoneを発表したのが2007年。前年に発足したTwitterがイベント「SXSW(サウス・バイ・サウス・ウエスト)」をきっかけに爆発的に認知を広めたのも2007年。どちらも日本でのサービス開始は2008年だ。

発表された当初は、反応していたのは一部の人に過ぎなかった。しかし、スマートフォンもソーシャルメディアも、いまや社会の動脈になっている。情報技術が人々の意識と価値観と行動を変え、それによって政治や経済の構造も大きく塗り替わった。

つまり、2007年から2008年にかけての動きは、2010年代の社会を準備するための予兆だったと言うことができる。

〔PHOTO〕gettyimages
 

そして、さらに踏み込んで考えると「2010年代は“スマート”と“ソーシャル”の意味が上書きされた時代だった」と言うことができる。

かつての“スマート”は「賢い」ということを意味する言葉だった。「頭の回転が速く、抜け目がない」ことを表す形容詞だった。「オシャレな」という意味もあった。

しかしスマートフォンの普及、スマートスピーカーの登場、「スマートホーム」や「スマートシティ」といったコンセプトへの拡張は、“スマート”という言葉の意味を更新してしまった。

今の時代の“スマート”とは、「常時接続し、ネットワークを通じて情報交換することで相互に作用する」ということを意味する。反対語は“スタンドアローン”だ。たとえば「スマートスピーカー」と「スピーカー」を対比させれば、そのことがはっきりする。

情報技術は、人を「常時接続し、ネットワークを通じて情報交換することで相互に作用する生き物」に変えた。その意味において、人々は格段に“スマート”になった。

また、かつての“ソーシャル”は社会福祉と密接に結びついた意味を持つ言葉だった。「ソーシャルワーカー」の“ソーシャル”だった。映画『ジョーカー』でも、主人公のアーサーが財政難によって福祉のサポートを打ち切られるシーンでこの言葉が出てくる。

しかし、2010年代の“ソーシャル”は「SNS」や「ソーシャルメディア」の“ソーシャル”だ。すなわち自己顕示欲や個人の影響力と密接に結びついた意味が、そこに加わった。注目を集めることが利益につながる「アテンション・エコノミー」という言葉があるとおり、新しい意味の”ソーシャル”は、露骨に資本主義の領域の言葉となった。その意味において、人々は格段に“ソーシャル”になった。