情熱が空回りして、
23〜24歳までは、かなり苦しかった。

昨年の6月に、それまでの“太賀”から、“仲野太賀”へと改名した。13歳で事務所に所属した時、二世(※父は俳優の中野英雄さん)であることを配慮してか、いつの間にか“太賀”という名で仕事をすることになっていた。「なんで苗字がないんだろう。かえって二世俳優っぽいわ」などと思っていた矢先、16年のドラマ『ゆとりですがなにか』では、ゆとりモンスターの山岸役で、18年の『今日から俺は‼︎』では紅羽高校の番長・今井勝俊役で、それぞれ注目度を上げ、「名前が少し浸透したタイミングで名字を!」と、改名を決意した。

「13歳でこの世界に入った時は、当然、オファーをもらえる立場ではなかったので、いろんなオーディションを受けまくったり。芝居に対して暑苦しく、貪欲で、がむしゃらでした(笑)。そのくせ、どメジャーなものよりは、どこか作家性のあるものが好きだったりもして。自分の情熱が空回りするだけでなく、役をいただけでも、すごく端っこにしか映ってなかったり、23〜24歳ぐらいまでは、かなり苦しかったです。なんとなく負ける、みたいなことだけは嫌なのに、スタートラインにも立てなくて、焦ってばかりでした。

でも、『ゆとりですがなにか』で、まずは業界の人に認知していただけて。その頃から、それまで出会ってきた人だったり、お世話になった人と、また一緒にやれる機会が増えていったんです。それまでのような、作品や監督さんにおんぶに抱っこじゃなく、監督や作家さんとがっぷり四つに組んで、一緒に物づくりをしていけるような感覚が、少しずつ生まれてきた。今回の映画もそうですが、作り手の方たちとの関係性が、どんどん深くなっていく。そんな手応えを、この映画でも感じられたんです」

撮影/山本倫子

どんな子供だったのかと聞くと、「喜怒哀楽ははっきりしていた気がするんです。人からどう見られていたかはわからないですけど、素直な子どもだったんじゃないかな(笑)。しょっちゅう怒ったり泣いたりしていたという意味ではなくて、……周りに気を遣う時間ももちろんあったし、言いたいことを言えないこともあったし、反対に、感情がモロに顔に出ちゃうこともあった。ごく普通の、どこにでもいる子どもだったと思うんです。

……ただ、嬉しかったことや悲しかったこと、苦しかったことの記憶は色々あります。今は、そういう感情を表現するのが仕事になっていますけど、13歳までは、喜怒哀楽の全てがリアルでしかなかった。芝居が全てフェイクというわけではないですが、振り返ってみると、喜怒哀楽をたくさん体験できた子供時代は、豊かな時間だったなぁと」と、昔を思い出しながら、ぽつりぽつりと話した。